「ん〜どうしても上手くいかないんだよな」
手裏剣を手に、投げる真似を繰り返しながら隣に座る<名前>に話し掛ける。
といってもここはやはり木の上であるから、決して手裏剣を落とさないように指先には注意を払っている。
逃げられたあの翌日からまた通うように<名前>に会いに来ると、諦めたのか<名前>はもう私から逃げようとはしなかった。
というのはあれ以来、私が<名前>の過去に触れていないからかもしれないが。
「苦無の方がずっと楽に狙えるのに」
ぶつくさ言いながら手裏剣を持て余している私の手に<名前>が指を伸ばした。
人差し指の位置を無言で直して、視線を寄越す。
初めはさっぱりだったが最近は何となく言いたいことがわかるようになってしまった。
つまりはそういうことだろうと試しにもう一度投げる真似をする。
「お。」
さっきよりも手首が滑らかに動くような気がした。
「おぉ、ちょっとやってみる」
降りて試してみようとそのまま木から滑り落ちようとする。
不意にぐん、と髪が引っ張られたと同時に頭皮にちりりとした痛みを憶えた。
何処かに髪を引っ掛けたのかもしれない、更に強く引っ張られると痛みを覚悟した瞬間バキッと何かが折れる音が聞こえた。
しゃがむような体勢で着地した私の頭に痛みは襲ってこなかった。
不思議に思って見上げるとすぐ目の前には顔。
ゴツンなんて可愛らしいものではなくもっと減り込むような鈍い音が響いた直後に額に激痛が走った。
「痛えぇぇえぇ〜・・っ!」
額を押さえる私の滲んだ視界に映ったのは<名前>だった。
落ちて来たらしい<名前>も絶句して額を押さえている。
しかしその片手には折れた枝が握られていた。
そしてその枝に見慣れた色の髪が絡まっている。
その髪が何処に繋がっているのかを追わなくてもそれがすぐに私の髪の毛だとわかった。
「わざと枝を折ったのか?」
「ん、」
睨むでも照れるでもなくこくりと頷く<名前>はもう痛くないのだろうか、冷めた顔をしている。
「それで足でも滑らせたのか?」
ほとんど無表情だったが私の質問に<名前>は何処か罰の悪そうに頷いた。
私の髪が枝に絡まっているのを見て咄嗟に枝を折ったのだろうが結局は<名前>が降って来て衝突したのだ、どちらも同じような痛みだったに違いない。
「ははっ、お前も意外とドジなんだな」
<名前>の頭に手を伸ばして、わしわしと頭を撫でる。
「まぁでも嬉しかったよ、ありがとな」
ちょっと目を丸くした<名前>はすぐに納得のいかないような顔をして目を逸らした。
「・・・別に」
何だ人間らしい所もあるんじゃないか。
一瞬目を見張った顔を見られなくて良かったと視線を逸らす<名前>の顔を見つめる。
人間じゃなかったらなんだと思ってたんだなんて聞かれたら答えようがない。
「えーと、何してたんだっけか?」
口から出たその言葉は動揺を隠す為の誤魔化しだったに違いない。
お前のことを怪奇現象か何かのように思っていた、と、ほんの数週間前なら迷わずに言えただろう。
私に視線を戻した<名前>がふれくされたように手裏剣、と呟くのを眺めながら、私は目の前の男の認識の変化に戸惑いを抱き始めていた。


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