いつもここにいるのだろうか見上げた先のそいつは今日も裏庭の木の上にいた。
私が来たことに気付いているだろうに、やはりそいつは相変わらずぼんやりと空を眺めている。
「なぁ」
声を掛けるがそいつがこちらを見ることはない。
「今日もサボりか?」
まるで耳が聞こえていないかのようだ、もちろんそうでないことは知っているけれども。
【当初はそんな<名前>が気に入らないと陰湿ないじめをしようとしていた輩がいたんだが――】
不意に食満の言葉が頭に浮かぶ。
なるほど確かに気に入らない。
――私はここにいるのに。
「<名前>」
名を呼ぶとくるりとその眸が動いた。
どうせならその無表情が驚きに染まれば良かったのに、とそう思うことが何故だか楽しくて笑みを引いた。
「<名前>って名字じゃなくて名前だろう? 食満がそう呼んでたが仲がいいのか?」
さっきの話を聞くにそうでないことはわかっている。
それでも何となく気になったそれを尋ねるとそいつはぽつりと呟いた。
「けま・・?」
あぁ、なんだ知らないのか。
その表情は全く変わっていなかったがすぐに納得した。
その木に登ろうと私が足を掛ける仕草を無言でそいつは見つめていた。
この間と同じように八分咲きの桜の匂いが全身を包む。
その花びらにいくらか視界を遮られる木の中は秘密基地のようで、ただ同じことを繰り返すこの学園とは別の世界のようだ。
すぐ隣に腰を下ろすと真っ黒な眸と目が合った。
「私は七松小平太だ。小平太でいい」
やはりそいつは頷きもしない。
それすらも何故だろう、笑い出しそうになるほど可笑しいのだ。
「お前、皆に<名前>って呼ばれてるのか? 名字は?」
何の機能も果たさないその顔の筋肉にではなく、変化を感じたのはそいつの纏う雰囲気にだった。
こいつは何処から来たのだろう?
授業に出ていないのに何故先生は何も干渉しない?
ここでぼんやりと過ごしているだけなら何の為にこの学園に居続けるのか?
笑みを浮かべる私をただ見据えるこいつは、確かに私を警戒していた。
「二年前にここに来たらしいが、――その前は何処にいたんだ?」
その言葉を口にした瞬間、ざわりと胸が騒いだ。
背筋に走った悪寒がこいつの殺気によるものだと気付いていた私はそれでも一瞬怯んだのかもしれない。
音も風もなかった。
まばたきをしただろうか?それすらも分からない。
桜の枝を映すこの視界にもう奴の姿はなかった。
「・・答えたくない、か」
込み上げる可笑しさに私はとうとう声を上げて笑った。
あぁ最近こんなに笑ったことがあっただろうか、いやきっとなかったに違いない。
退屈だったのだ、ずっとずっとずっと。
早く卒業していっそ戦忍にでもなってやろうかなんて、そんなことも考えていたほどに。
久しく忘れていたこの感覚は一体何と言うのだろう。
こんなにも胸の躍る、この感動の名は。



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