ーsideドイツー ヨーロッパ会議に現れた<first>にいつもと違った様子はなく、会議後、応接室に一人でいた<first>に気軽に話し掛けた。 「この間はすまないな。借りを作った」 つい先日フランスとのちょっとした衝突を<first>が解決したことを侘びると気にしないでいいと微笑み返される。 ふとオーストリアが昔<first>について言っていたことを思い出した。 【あれの笑顔はまず嘘ですから信用しない方が身のためです。さもないと酷い目に遭いますよ】 まさか、と目の前の<first>を見下ろしてオーストリアの言葉を否定する。 前々からオーストリアはどうも<first>を嫌っているような発言をする。 だが<first>がオーストリアの言った通りであることはなく、また言うオーストリア自身おそらく<first>と最も親しい関係にあった。 「あー・・でもその貸し、今返してもらってもいい?」 何か考えるように視線を斜め上に遣って<first>が唐突に尋ねる。 しかしそれが問いでなくただの確認に過ぎなかったことに気付いたのは、ぐいと勢いよくネクタイが引っ張られてからだった。 「ぉわっ!?」 <first>は自ら倒れたかのように机の上に上半身を背中から乗り上げ、ネクタイが握られたままの俺は自然その体の両脇に手をついた。 ぶつかるように唇が触れる。 至近距離で見える<first>の眸はぼやけていて、何を考えているのかまるで読み取れない。 するりとネクタイが<first>の手から外れた。 「何っ、やっとんの・・!?」 聞き覚えのある声が空間を貫いた。 状況さえ忘れて俺は声の出所に視線を向ける。 漸く唇が離れた。 <first>が取った行動も、視線の先のスペインが何故あんなに苦々しい顔をしているのかも俺には分からない。 ブーツの底を強く鳴らして大股で俺に歩み寄ったスペインはネクタイごと俺の襟首を掴んだ。 「俺のもんに触んなや!」 近付いてくる拳は何故かゆっくりと動いているように映った。 しかし殴られるのだと分かった直後、衝撃と共に俺は地面に尻を付いている。 左頬に鈍く重い痛みが襲って来たのはスペインが<first>の手首を掴むのを目にした頃だ。 訳の分からないままに呆然と、俺は連れて行かれる<first>を眺める。 罰の悪そうに眉を寄せた<first>は、ごめんと声に出さずに告げて微笑った。 ーsideスペインー ぎりりと強く手の中のものを握り締める。 折れてしまいそうな細い手首が軋んだ。 乱暴な足取りで廊下を歩きながら精一杯怒りをぶちまけたいのを堪える。 「ホンマあいつ、いつからあんなこと考えとったんやろ・・!?」 いつでも<first>の周りには気を配ってきたつもりだった。 この容姿だ、<first>のことを変な目で見る奴はいくらでもいて、そんな奴やまたは純粋に<first>に思いを寄せている奴でも俺は一目で分かった。 そういうのはなるべく遠ざけて来たが・・・ドイツがその一人だったとはまるで、まるで気が付かなかった。 いつ誰に盗られてもおかしくないと思ってるくらいだ、油断してたつもりもない。 「・・くそッ」 しかしよく考えてみれば最近<first>といる時間が減っていたのも事実だ。 もちろん、新しい友達が一人増えたという理由で。 「今後一切あいつの半径5m以内に近付いたらあかんよッ」 手の中の感触と必死に俺に着いて来ようとする不規則な足音はあるが返事がない。 この鈍感は本当に分かっているのだろうかと頭に血が昇り、俺は足を止めて振り返った。 「聞いとるん!?」 言い終わると同時に俺は目を見張る。 「ん、聞いてる」 頬を薄っすらと赤く染め、口元に微笑みを浮かべた<first>が余りに幸せそうだった、から。 自分がすっかり熱くなっていたことに気付いて、恥ずかしくなった。 痛いんじゃないかと今までも気付いていた筈のことをふと思ってその手首を離す。 「ごめんね?」 無防備であったことに自覚があるのか、謝る<first>はそれでも笑みを崩さない。 そんな顔をされてしまえばもう何も言えないに決まってる。 今度はちゃんとその手を握り直した。 細い指が絡む。 こんな少しの力でも、この柔らかな手は折れてしまいそうなのに。 何だか罰が悪くなって、その視線から逃げるようにゆっくりと歩き出す。 「・・迎えに行くの、遅れてごめんな?」 前を向いたまま告げると、ううんとはっきりとした言葉が返ってくる。 その声色からでも<first>が上機嫌なのがわかって、嫉妬を剥き出しにした後悔も幾らか薄れていくような気がした。 「ねぇ・・だから、スペインの半径5m以内から離れなくてもいい?」 斜め後ろを歩く<first>から唐突にそんな言葉が聞こえて、視線をそのままに目を丸くする。 「・・いいに決まってるやろ」 先ほどまでの怒りとは全く別の意味で顔が熱くなるのがわかって、暫くは振り向けない、と誤魔化すように握った手にぎゅっと力を込めた。 |