「お前さ、最近よく出掛けるよな」
昼食を終えるとロマーノが唐突にそんなことを言う。
皿を片付けていた俺は手を止めて、椅子に腰を下ろしコーヒーを飲むロマーノに目を遣った。
「あの女と」
俺の反応を窺うようにロマーノは視線を寄越す。
いや窺うというよりは探るような目付きだ。
「どの女?」
へらりと笑って問い返したのは何も誤魔化したわけじゃなかった。
ロマーノが何かを疑っているのは分かったが、女と言われて心当たりのあるものはない。
「この前市場で知り合ったとか言ってた女だよ。茶色い髪の、人懐こそうな――」
「あぁ、チュエリーのこと?」
漸く俺の頭に一人の女の顔が浮かぶ。
言われてみればそうかもしれない。
夕飯の食材を買いに行った市場で知り合った彼女とは、頻繁にお茶をしていた。
「そやなぁ。まぁ昨日も会うたし」
カチャリと皿が音を立てる。
片付けを再開した俺はロマーノが何を疑っているのかもう分かっていた。
「なに? ヤキモチ焼いてくれとんの?」
「バッ・・! ちっげーよ!」
目を見張ったロマーノの顔が少しばかり赤くなる。
笑いながらキッチンに向かう俺にロマーノが再び声を掛けてくることはなかった。


* * *


若い男女が二人でお茶なんてしていたら誤解されるものなのだろうか。
そりゃあフランスが誰か女の子とお茶していたら間違いなく下心があるが、男女の友情というのも有り得ることだと俺は思っている。
しかし俺達のことにあまり首を突っ込まないロマーノがあんなことを言ったのは珍しかった。
「スペイン? 聞いてる?」
名前を呼ばれてハッと顔を上げる。
途端にカフェの賑やかさとコーヒーの匂いが戻って来た。
「悪い。ちょっと考え事しとった」
謝るとチュエリーはもう、とため息を吐いて微笑む。
子供っぽい可愛らしい笑みがふわふわの髪によく似合っていた。
「なぁ俺らって、傍から見たら恋人に見えるんかなぁ?」
突然の問いにチュエリーは目を丸くする。
そして急に大人っぽい苦笑を見せた。
「そんなこと、好きでもない女の子に言うもんじゃないわ」
そのあまりの変わり様にちょっぴり面を食らう。
やっぱ女って怖いなぁなんて思いながらも軽口が出るのはフランスの影響だろうか、なんて。
「何でそう思うん? 俺チュエリーのこと好きやで?」
そこには本心を見透かされたことに対する意地がいくらかあったのかもしれない。
しかしチュエリーはあっさりと返した。
「だってアナタ、買い物してる時も私と話している時も別の子のこと考えてるじゃない」
彼女の言葉にも驚いたが何よりその雰囲気に俺は悔しさも忘れた。
出会ったのはつい最近であるというのにまるで何十年も前から俺のことを知っているかのように、そして俺にそこまで熱中できる誰かがいることに嬉しそうに笑うのだ。
・・・何でこんなにも彼女といるのが心地いいのかが分かった。
チュエリーは、フランスに似ている。
「敵わんなぁ・・ほんまに」
最初から分かりきったことではあったけれども、これではロマーノの疑っていたことなど起こるはずもない。
笑い出しそうな心地で俺はカップへと手を伸ばし、和やかなティータイムを再開した。


* * *


ー視点ロマーノー

お節介と言われればそうなのだろう。
だが誰だって自分の暮らしている家でいざこざは起きて欲しくないものだ。
いくら<first>が態度に出さないからといってもスペインの行動はあまりにも軽率だと思う。
「また会って来たのか」
古本屋で買った何冊かの厚い小説を手に階段を上ろうとした俺は、玄関から入って来た姿に声を掛けた。
「え? あぁ、せやよ」
俺がこんなにも不機嫌な表情をしているにもかかわらずスペインは相変わらず能天気な笑みを浮かべている。
こいつはわかってないんだ。
<first>がどれだけスペインの行動を快く思っていないのかを。
ただの同居人という俺とスペインの関係にさえ妙な疑りを抱くほど、<first>が嫉妬深いということも。
そんなスペインに俺の口調はいつにも増して尖った。
「いい加減にしろよ。あいつが傷付くぞ」
しかしそんな俺に反してスペインは冷静だった。
笑みを浮かべたまま俺を見つめる。
「何でそんなに俺らのことに構うん?」
口調は柔らかだった。
けれど俺は手にした本を取り落としそうになるほど背筋に寒さを感じた。
怒っているわけじゃない。
「とばっちり喰らうのは御免なんだよ」
そして一つの結論に辿り着いた俺は口を挟んだことを後悔する。
そうだあのフランスにでさえ、スペインは友情を壊しかねないほど嫉妬するのだ。
「そっか、悪いなぁ」
知らず足は階段へと一歩踏み出そうとしていた。
ここから逃げたいという思いが緊張に勝ったのだろう。
視線が、怖い。
「とにかくもっと考えろよ。浮かれてんな」
あとはもう駆け上がるような勢いだった。
踊り場を曲がるともうスペインの姿は見えない。
心臓はまだドクドクいっている。
あいつらに関わると碌なことがない。
「・・くそ、早く出て行きたいぜこんな家・・・」
友情などあの二人の間に入ればただの障害物に過ぎない。
荒々しく自室の扉を閉め、舌打ちをする。
それでもそれを捨てきれない自分が何よりも腹立たしかった。

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