俺はフランスと友達で<first>もフランスと友達で、言うまでもなく俺と<first>は恋人だ。 そして幾ら俺がフランスを信頼していようと、それは俺の不安をこれっぽっちも拭ってはくれないのだ。 「本当に?」 不意に少し離れた庭の隅で<first>のそんな声が聞こえた。 大きな木の下で涼みながらフランスと他愛ない話をしている。 楽しそうなその笑みは普段俺の知り合いに見せる作ったものではなく、俺や気を許したロマーノに見せるそれに近い。 玄関先であるここからは何を話しているのか聞き取れなかったが、フランスが何かを告げてさり気なく<first>の肩に手を置いた。 わかってるんや。 フランスのあれはただの癖で、俺にもロマーノにもやる意味のない動作なんだってことは。 ただ人見知りの激しい<first>がそれに何の嫌悪も抱かない様子が酷く苛立った。 俺に出逢った頃は、俺とオーストリアにしか心を開かなかったのに。 「気になんのか」 ふと声が掛かり視線を開け放たれた玄関の扉の向こう、家の中へ向ける。 いつの間に二階から降りて来たのかコーヒーを手にしたロマーノが俺を見つめていた。 「何が?」 笑って問うとロマーノは呆れたようにため息を吐く。 「いつまでそこに立ってんだよ。コーヒー冷めんぞ」 ロマーノが俺の手にしたトレーの上にある、三つのコーヒーカップに視線を遣る。 まだ誰も手をつけていないそれはロマーノの持っているコーヒーより明らかに立ち込める湯気が少ない。 その理由は自分が一番良く解っていた。 「んー・・なんかな、眩しいなぁって」 フランスは色男で<first>は絶世の美人で、二人並んで歩けばそれは目を引くことだろう。 「くだらねぇ」 けっと悪態付いてロマーノは再び階段を登り始める。 あれはあれで俺のことを気に掛けてくれたのだろう。 確かに下らないことを考えてはいるから、ロマーノの言うことも嘘ではないが。 視線を再び庭へと戻す。 ざわりと湧いた胸の衝動を――もう何度目になるだろうか――俺は胸の奥底へと沈め込んだ。 「なぁフランス」 まるで自分の家であるかのようにリビングのソファに堂々と寝転がる。 そんな俺の隣でこの家の主であるフランスは恋愛ドラマへ批判(というよりかは自分の恋愛テクニックの自慢)を繰り返していた。 声を掛けると視線をテレビから俺に移す。 「ちょっと相談があるんやけど」 寝転がったままフランスを見上げる。 フランスは少しばかり意外そうな顔をしたが、すぐに手をバッと広げた。 「何だい?お兄さんに何でも言ってごらん?」 大きく苦笑して返して、笑みを崩さぬままに告げる。 「<first>のこと、惚れさせんといてな?」 俺の言葉にいよいよフランスは目を丸くする。 予想外だったのだろうか、手を広げたまま止まるフランスは何処となく面白かった。 「惚れるではなく?」 ようやっと声を出したフランスはゆっくりと首を傾げた。 そんなフランスににっこりと笑みを向ける。 「仮にフランスが<first>んこと好きになっても、 <first>が俺んこと好きやったらそれでええもん」 子供のような口調で告げたそれにフランスは小さく頬を掻いた。 「それって暗に、俺に<first>に近付くなって言ってる?」 引き攣ったような笑みを浮かべ俺を見下ろすその顔はやっぱり色男で憎らしいが羨ましくはない。 田舎臭い顔をしていても取り敢えず今<first>が愛してくれているのは俺なのだから。 「嫌やなぁ、そんなこと言っとらんよ?」 何処までも笑みを崩さないでいる俺にフランスは複雑な表情のままため息を吐く。 「相変わらずコエーな、お前」 告げたフランスに俺は声を立てて笑った。 フランスは事実、<first>に対してこれっぽっちも恋心など抱いていないのだろう。 どうやら今は恋人がいるらしいし、例え<first>がフランスに告白しても断るに違いない。 ただそれは俺にとってみればどうでも良いことなのだ。 <first>がフランスを好きになった時点で、俺はきっとフランスを許さない。 「大丈夫だろ。 <first>はお前以外見えてねぇし、見るつもりも無いみたいだからな」 不意に少しだけフランスが真面目な顔になる。 「そやろうか?」 俺には見えない何かがフランスには見えているかのようだった。 もちろん俺にしか見えていないものもあるが、今俺が欲しいのはフランスのそれだ。 しかしきっと俺は知っている。 何を見ても何を聞いても、この不安は消えない。 ガチャリと見慣れた玄関の扉を開く。 陽の暮れ始めた頃、フランスの家に泊まることなく俺は家へと戻って来た。 「あ、おかえり」 すると今夜は帰って来ないと思っていたのだろう、少しばかり目を丸くした<first>がリビングから顔を覗かせる。 「ただいま」 微笑んだ俺にその口に笑みを浮かべながらも何処か不思議そうな顔をした<first>は俺の心境に気付いているとでもいうのだろうか。 まさか。いつだって<first>は鈍感だ。 俺の不安も嫉妬も知らない――そして俺達の行方でさえも。 「おいで?」 手を広げると<first>は一気に顔を赤くした。 数度視線を彷徨わせた後、<first>はおずおずと俺の胸に抱き着く。 密着した胸から鼓動が聞こえた。 可笑しいくらいに速いそれは俺のものではなくて。 「キスしてもええ?」 どくり、と一瞬自分の鼓動が跳ね上がったのかと思った。 耳まで赤くする<first>が可愛くて意地悪くも返事を待ってみたりする。 そんな俺の様子が分かったのか<first>は珍しく俺を睨み上げる真似をした。 「だめ」 そしてはっきり告げたと思うとぐいと俺の襟元を引っ張った。 乱暴に唇と唇がぶつかる。 緩く吸って<first>は僅かに唇を離した。 「僕がするから――」 言い切る前に<first>の唇を奪った。 そのまま玄関の床に<first>を押し倒す。 <first>の後頭部に添えた掌が地面にぶつかって痛かったが、そんなのもすぐに何処かに消えてしまった。 「んっ・スペイ・・っ、んむ・っ・・!」 声を漏らしながらも<first>が俺を拒むことはなく、 むしろその腕を俺の首に回してくる。 躊躇いなく応えてくる舌をちゅっと吸って、口を1cmも離さないままに問い掛ける。 「なぁ・・俺のこと好き?」 照れているものではなく既に興奮に頬を赤く染め始めた<first>は、ぼんやりとした眸で俺を見つめる。 「ん・・好き、好きに決まってる。 スペインがいなくなったら生きていけないもん・・ スペインが死んじゃってもずっと着いてく」 数日前に湧いた衝動が抑え切れないほど胸中に溢れる。 しかし俺は衝動の何も遂げることはなく、<first>の耳に小さくキスをして囁いた。 「な、このままエッチしよか・・?」 問うと<first>は耳まで赤くして、何も言わずにぎゅっと俺の首に巻きつけた腕に力を込めることで返事をした。 何度好きと言われても何度キスしても何度その体を抱いても、俺の胸に平穏が訪れることは決してない。 いっそ手離してしまえばこの苦しみもなくなるのかもしれないが、<first>を失った俺の人生に幸せなどというものが見出せるとはとても思えなかった。 「<first>・・愛しとうよ・・」 せめて熱に溺れるこの瞬間だけは<first>への純粋な想いのみで心が満たされるようにと、祈るように俺は<first>に口付けを落とした。 |