<first>は策略家だ。 <first>が初めてスペインに話し掛けたその瞬間、私はそんなことを思った。 私と出会った時には興味のあるものなど何もないといったように口数も少なく笑うことも少なかった<first>が、その時はまるで別人だった。 顔を真っ赤に染め上げ、何度も言葉をつっかえて懸命に笑顔を浮かべ会話をしていた。 あれが演技でなく何だと言うのだろう。 「どうしたの?難しい顔して」 見つめていた目の前の相手に声を掛けられ私ははっと我に帰る。 「・・いえ、何でもありません」 手にしたままのコーヒーカップを口に運んだ所で、今まで一度だってこの人を誤魔化せたことはないことを思い出した。 「ふぅん」 そんな、もう何もかも知っているんだと言うような目をするから。 「それで今日は何しに来たんです? 訪ねて来るなんて珍しい」 数十分前、何時間も掛けてわざわざやってきたにもかかわらず暇だったから会いに来たとよく意味の分からないことを告げた<first>は、先ほどからコーヒーを飲む私の顔ばかり見つめている。 「会いに来たんだって。ただそれだけ」 何故だか些か不機嫌な顔をする<first>の意図ははまるで解らない。 今更私に会いに来る理由なんてないだろうに。 ただ私は、あの日に<first>を見付けただけの存在だ。 「僕はさ」 頬杖をついて視線を逸らして呟くように<first>は告げる。 「僕は国じゃないから、ただ地球ってだけだから何もしなくていいんだ」 それは独り言のようだった。 私なんて見てもいない。 その視線の先にあるのはいつも一つだともうとっくに知っている。 「自由だから、別に自由なんていらないんだ」 静かな部屋に響いたその言葉が私宛でないことも知っている。 では何故<first>は私にそれを告げるのだろうか。 「本人にそう言えばいいではないですか」 思わず口をついた言葉に自分自身驚いたが、視線を上げて<first>の目を見る頃には撤回しようなどという思いも消えた。 「彼は優しいから、言っても無駄だよ」 薄く頬を染めて嬉しそうに笑う目の前の<first>を私は知らない。 「惚気ですかそれは」 呆れたようにため息を吐くと<first>はまた声を立てて笑った。 <first>は策略家だ。 今日この家に来たときからにこりとも笑わず雑談を続けていた<first>が、スペインの話題になった途端に乙女のように頬を染めて口元を綻ばせる。 ―――あぁ、これが演技でなく何だと言うのだろう。 |