「その痣、どうしたんですか?」 所要でオーストリアの家に寄ると開口一番にそう尋ねられた。 今朝鏡の前で確認した口の端の青痣を思い出し、眉根を寄せる。 「あぁ・・これはだな」 無意識に口の端に指を触れさせる。 続きを言おうか迷っているとオーストリアが催促するように視線を寄越した。 「スペインに・・殴られたんだ」 容赦ない一発だったと思い返すと同時に、怒りに満ちていたスペインの顔を思い出した。 あの二人が恋仲であったことは知っていたが巻き込まれるようなことをした覚えはない。 「スペインに? <first>に手でも出したんですか?」 そこで<first>の名前が出てくるのは単にオーストリアが<first>と仲が良いからだろうか。 「いや手を出したというか出させられたというか・・・」 <first>のあの行動はスペインがすぐに現れると知ってのものであったに違いない。 俺に嫉妬させて何をしたかったのかは知らないが、借りが随分大きく返って来たものだ。 「あれは怖いな」 <first>のことを指して告げるとオーストリアは呆れたように顔を顰めた。 「だから言ったんです、気を付けなさいと」 その言葉を信じていなかっただけに何も言えず、沈黙で返す俺にため息を吐いてオーストリアはコーヒーを差し出した。 俺が抱いていた<first>への印象はどんな時も落ち着いていて会話が上手く、情には厚い男だというものであった。 それを口にするとオーストリアは一瞬目を丸くして、可笑しげに笑う。 「落ち着いているのは何にも興味がないからですよ。会話もただ口が上手いだけ。情に厚いなんてとんでもない」 告げるオーストリアからは嫌悪感など微塵も感じられず、悪口というよりただ事実を述べているだけなのだろう。 「情があるとしたら注がれてるのはスペインだけですよ」 彼だけ、と繰り返してオーストリアは続ける。 「ですからスペインに近付くのはお止めなさい」 表情は穏やかであるのに、その口調はやけに真剣さを帯びていた。 諭すように俺を見つめるその眸に気圧されそうになるほどに。 「あぁ。近付くも何も、向こうには敵意を抱かれているだろうがな」 「そうでした。貴方殴られたんでしたっけ」 笑うオーストリアに笑い事ではないと胸中で呟きながらコーヒーを口に運ぶ。 今度の忠告は無視することなどないだろう。 <first>には二度と貸しを作るまい。 ごめんとそっと告げた<first>の顔を思い出すと、ずきりと口元の痣が痛んだ。 |