何のつもりだとそう尋ねられたのは春の月見の最中だった。
穏やかな夜には似つかわしくない探るような問いに俺はいつもの笑みを浮かべて見せる。
「何がだい?」
それでもこの男に俺の薄っぺらい笑顔が通用しないことくらいはわかっていた。
「とぼけるな」
やっぱり若は不快そうに眉根を寄せて、杯を腰掛けている縁側の床の上に置く。
思えば若に嘘が見破られなかったことなどない。
「<名前>のことだ。恋人になったのだと聞いた」
こりゃ酒が不味くなると俺は杯の中身を飲み干して同じようにそれを置いた。
「うん、なったよ?」
「何故だ」
間髪要れずに問う若の顔は険しくなるばかりで俺は隠すこともなく大きく息を吐き出した。
「もしかして若はやきもちやいてるのかい?」
ふざけるなと予想通りの怒声が飛ぶ。
酒の所為でより短気になっているのだろうか掴みかかって来そうなほどの勢いに苦笑する。
「そうじゃないなら俺の色恋に若が関係あるの?」
目を見張った若の顔を見て、短気になっているのは自分もかもしれないと少しばかり意識が覚める。
別にそんな顔をさせたかった訳じゃないのだ、ただ自分の中にある罪悪感というものに触れられた気がして。
「いや、お節介を言った」
その上そんなことを言って若は目を逸らすものだから、どうして俺の周りにはこう馬鹿正直な人間が多いのかと八つ当たりを唱える。
「ごめん言い過ぎた。<名前>君のことはちゃんと好きだよ。若が言いたいのはそういうことだよね?」
そうだと頷きつつも若の表情が一向に緩まないのは、やはり問うその前から全て解っているからだろう。
だからなのかそれ以上若がそのことについて言及してくることはなく、再開された月見に飛び切り不味い肴だったと胸中でひとりごちた。


* * *


今日は厄日なのかそれとも口直しなのか、朝日が昇るにはまだほんの少しばかり早い夜更けに自室に戻ろうと回廊をふらついていると、ばったりと<名前>君に出くわす。
「あれ」
「あ」
彼も酒飲みの帰りなのか、その顔は蝋燭の灯りのせいだけでなくうっすらと赤く染まっているように見えた。
「馬超と飲んでたの?」
小さく首を傾げる仕草が可愛らしい。
「うん、そうそう。<名前>君も朝帰りなの?」
まあねと答え微笑む彼に対して悪戯心が湧いたのは酒の所為なのか何なのか。
「誰とこんな時間まで一緒だったのかな?俺妬いちゃうよ?」
ずいと距離を詰めて頭ひとつ分低い彼の顔を下から覗き込む。
「え、ちょ、馬岱さ・・」
顔が近いと言いたいのだろう彼が先程まで飲んでいたのが果実酒だったのではないかなんて予測が出来るほどである。
「ん、なに?教えてくれないの?」
焦点がずれる吐息が重なる。
彼は逃げない。
「・・・冗談だよ」
すっと身体を離す俺を彼はぱちりと驚いたように真ん丸に目を見開いて、固まったまま視線だけで追ってくる。
「え・・?」
零れたその言葉の意味は安堵だろうか。
「でも妬いちゃうのは本当」
するすると呼吸でもするかのように流れる嘘を自分自身聞きながら、俺は一体何がしたかったのかなんて考える。
あまり夜更かししないようにね。もう朝だけど。俺も人のこと言えないかな。
何だかそんなことを適当に喋ってじゃあおやすみと背を向ける。
「あ、馬岱さん・・!」
くんっと服の裾が引っ張られ、俺は身体をねじって後ろを振り返る。
昇り始めた朝日が真っ赤に染まる彼の顔を明るく照らし出した。
「冗談じゃ、やだ・・」
ドクリと心臓が低く鳴る。
それがただの純粋なときめきなんかではないことは解っていた。
それでも。
珍しくよく回る口を閉ざして彼に向き直る。
頬に触れるとそこは指先でも充分わかるほどに熱い。
彼の顔に俺の影が落ちる。
薄く目を開け盗み見た彼は今にも泣き出しそうな、そんな顔をしていた。



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