ちりり、と蝋燭の火が揺れた。
溜まっていた仕事を片付けてしまおうと筆を手に取ったのは日付が変わる前の話で、いつの間に時間が立ったのだろう蝋燭はもはや背を小さくし消えかけていた。
疲れた目頭を指で押さえ筆を置く。
今日はもう終わりにしようと明かりを消した。
暗がりに目が慣れると障子が薄明るく照らされている。
今日は月が明るいのかもしれない、そんなことを思って俺は縁側へと足を踏み出した。
「静かな夜だ・・」
ぽつりとつぶやく俺の声だけが小さく響く。
気付けば俺はあてもなく縁側に沿って歩き始めていた。
角を曲がると視界に揺れる足が映った。
寝巻きのまま、そこから覗く白い脚を所在無さ気に揺らし縁側に座り込んでいる。
月を見上げその明かりに薄く照らされる彼は酷く美しかった。
「三成?」
その光景に見蕩れた俺が口を利けずにいるとその美しい眸が俺を向く。
「まだ起きていたのか」
無愛想に答える俺に<名前>は柔らかな笑みを浮かべた。
「月が明るかったから」
どくりと鼓動が跳ねたのはまるで見透かしたかのようなことを<名前>が口にしたからだ。
「三成はどうしたの?」
<名前>が小さく首を傾げると普段ならひとつに結われている長い髪が揺れ、その肩や腕にかかる。
魅入られてしまいそうだった。
「仕事を片付けていた」
そっかとやはり曇りなく笑う<名前>に妙な思いを抱き始めたのは果たしていつ頃からだっただろうか。
「あまりそうしていると風邪を引くぞ」
それは恋慕とでもいうような厄介な思いであった。
「ん、もうちょっとしたら寝る」
滑らかな肌が月に照らされ青白く光る。
目を逸らしたらその隙に消えてしまいそうで俺は瞬きも出来なかった。
「三成」
笑みを崩さないまま<名前>が俺の名を呼ぶ。
「ここ座ってよ」
ここと自分の隣を示す<名前>のその行動に大した意味はないのだろう。
思いつつ断れなかったのは嫌に鼓動が騒ぐからだ。
少しの距離をあけて<名前>の隣に腰を下ろす。
「眠れないのか?」
いつもと少し様子が違う<名前>にそんなことを尋ねると<名前>は目を丸くして俺を見た。
驚くそれは図星をつかれたかのような表情で、隠そうとすぐに浮かべられた<名前>の笑みは傷ついたように歪んでいる。
「そんなことないよ」
<名前>のこんな顔を見るのは初めてだった。
いつも飄々とした笑みを浮かべ、些か面倒そうに戦に出る様子からは想像もつかなかったその表情に俺は言葉を失くしてしまう。
そんなことない訳ないだろうと聞くことも出来ず、そうかと相槌を打つことも出来ない。
そんな俺を<名前>は見つめたままで、三成、とまた俺の名を呼んだ。
「何だ?」
動揺の抜けぬままに返事をすると<名前>は呼んだくせに何を言おうか困っているような笑みを浮かべる。
「なんだろう」
終いにはそんなことを言うものだから、俺は不可思議な思いを抱きながらその頬に手を伸ばした。
指先に冷えた頬が触れる。
<名前>は俺の行動に少し目を丸くして、それでも身じろぎ一つせずに俺を見上げている。
「そろそろ布団に入らないと本当に風邪を引く」
口から出たのはそんな言葉だった。
うん、と薄く笑みを浮かべる<名前>の眸に何か切なげなものを見たのは俺の願望がそうさせたせいであるのかもしれない。
触れさせていただけの指を開いてその頬に添えた。
「三成?」
何だか今日は名前を呼ばれてばかりだとそんなどうでもいいことが頭の中に浮かんだ。
「みつな・・・」
語尾はその口の中に消える。
<名前>はどんな顔をしていたのだろう、目を閉じてしまった俺にはわからなかった。
唇に感じる温度さえも冷たい。
熱の余韻など欠片も残すことはなく、離れた先の<名前>は呆然としたように俺を見つめていた。
「夜更かししたからといって寝坊はするなよ」
立ち上がる俺を<名前>は未だに視線で追うだけで。
おやすみと告げると、消え入りそうな声で<名前>は返事をした。



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