変な男だと思った。
どれだけ私が突き放すようなことを言ってもまるで聞こえていないかのようににこにこと笑い、私に近づいてくる。
私の言いたいことが何であるのか男は理解しているようだった。
「何をしているのだ」
裏庭を通りがかると男は手に皿のようなものを持って、汲んだ水を裏庭の花に撒いていた。
声を掛けると男、<名前>は長い髪を揺らしながら振り返る。
「土が乾いてたから水が欲しいかと思って」
声を掛けられた相手が誰であったのかを認識して<名前>は口元を綻ばせた。
しかしこれは何も私が特別であるからではない。
<名前>は大方の人間に分け隔てなくこの人懐っこい笑みを浮かべる。
「そんなもの女官にやらせればいいだろう」
私の言葉に幾らか悩むような素振りを見せ、そしてやはり<名前>は笑った。
「暇だったから」
<名前>との問答はその全てが意味がないかのように思えてくる。
私の考えを伝えたところで、また<名前>の考えを聞いたところで、自分たちの考えが交じり合うことはないのだ。
何一つ理解できない。
私はそんなこの男が嫌いであった。
「鍾会は?」
「は?」
突如問われた要領を得ない言葉に頓狂な声が漏れる。
「鍾会は暇?」
まるで笑顔の安売りのようににこにこにこにこ、苛々する。
「私はお前と違って忙しい」
実際特にこれといった用がある訳ではなかった。
ただ何となく気に食わなくてそう答えると、<名前>は幾らか残念そうな顔をしてそっかと返す。
「暇だったら何だったと言うのだ」
その顔に絆されたわけでは決してない。
<名前>のわざとらしい表情などに心を動かされたことなど、ただの一度もなかった。
「一緒に水播きしようかと思って」
あまりに愚かな<名前>の言葉に私は今度は声も出なかった。
「お前は私を馬鹿にしているのか」
低くなった私の声色に<名前>が慌てた様子など欠片もなく、変わらずその調子のいい笑みを貼り付けたままだ。
「してないよ?好きな子にそんなことしないよ」
これだ。
<名前>の笑みが信用できない理由はここにいある。
「まだそんな冗談を言っているのか」
「冗談なんかじゃないよ」
<名前>は私のことを好きだという。
しかもそれは友好の意味ではなく、恋慕という意味において。
「お前の言葉など全て冗談のようにしか聞こえない」
私の突き放す態度に一度も傷ついた素振りを見せないくせに。
「馬鹿も休み休み言え」
その人を食ったような笑みを一度も崩さないくせに。
「鍾会」
それでも。
「好きだよ」
この男は私に何度でも好きだというのだ。
私をまっすぐに見据えて、口元に笑みを浮かべて、何の惜しげもなく、<名前>は私を好きだと言う。
「っ・・用があるので失礼する」
逃げるように背を向ける私を<名前>が引き止めたことは一度もなかった。
私が不快に思っていることなど憚ることもなく、自分の言いたいことを言うだけ言う悉く自分勝手な男だ。
――苛々する。
私の気持ちを聞くこともしないで。



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