蜀きっての、いや乱世きっての軍師の頭の中などきっと誰にも覗けやしない。
そんなことはわかっているが俺はどうにもこの男の意図が掴めないことが気がかりだった。
「<名前>殿、今日は珍しくゆっくりですね」
<名前>君と口付けを交わした次の朝、なかなか起きて来ない彼について諸葛亮殿が俺に話を振る。
若が知っていたくらいだ、もしかしたら俺が思っているよりも俺たちのことは広まっているのかもしれない。
「そうみたいですね」
当たり障りのない返事をしたにもかかわらず諸葛亮殿は笑みを深くした。
この男のこういう所が、俺は苦手なのだ。
「昨夜私が深酒に付き合わせてしまった所為かもしれません」
眉を下げるその表情はいかにもわざとらしい。
なるほど昨夜の酒飲みの相手はこの男だったのかと妙な納得をする。
そういえば昨日の昼頃、中庭で彼と諸葛亮殿が話しているのを目にした。
それが何だということではないが、どうもそう、意図があるように感じずにはいられないのだ。
「あんまりいじめないでやってくださいよ」
「何がです?むしろ彼をいじめているのは貴方の方では?」
余計なお世話だとうっかり出そうになって口を噤んだ。
切れ長の眸が俺から決して目を逸らさない。
「・・色んなとこに首を突っ込みすぎると月英殿が泣きますよ」
「何も私は<名前>殿を妻にしようなどと思ってはいませんが?」
当たり前だろ、と言葉を飲み込んで諸葛亮殿を見据える。
口元の笑みを一度も崩さないまま諸葛亮殿が不意に俺から視線を外した。
「おや、ようやく起きて来たようですよ」
言われるがままに振り返るといつもより少しだけ髪を乱した<名前>君が広間に顔を覗かせる。
きょろきょろとまるで小動物のように辺りを見回す彼の目が、ぴたりと俺で止まった。
にっこりと表情を緩ませて微笑む彼はやはり浅慮で子供で愚直である。
「っ・・」
しかしどくりと鼓動さえ跳ねさせて俺はその笑顔に息を詰めた。
俺のところにまっすぐ歩いてきた彼は些か恥ずかしそうにはにかむ。
「おはよ、ちょっと寝坊しちゃった」
その態度は寝坊の所為だけではないだろう。
昨夜のたかが唇が触れた程度の口付けに照れているのだ。
「おはよう!寝癖ついているよ」
「えっ」
俺の言葉に彼は慌てて髪を撫で付ける。
「違う違う。ここだよ」
彼の左耳の辺りに手を伸ばして指で髪を梳く。
するりと滑らかな髪が絡まることなくまっすぐになった。
「あ、あ、ありがと・・」
またそんな風に顔を赤くするから。
熱に浮かされたような眸で俺を見上げるから。
「あんまり起きてこないもんだから心配したよ」
そのまま彼の頭に手を添えて腰を屈める。
額に口付けを落とすと背中の方で小さなため息が聞こえた気がした。
ついには真っ赤になった彼がぱくぱくと口を動かしながら蚊の鳴くような声で告げる。
「馬、馬岱さん・・ここ、広間・・」
独占欲が煮えたのか鼓動に准じた衝動か。
今の俺にはどちらでも良かった。
「ん?知ってるよ?」
手に入れたい、と。
俺の頭も心をも占めたのは単純な欲望だった。
顔に血を昇らせたまま閉口する彼に満面の笑みを浮かべる。
いつの間にか疑問も罪悪感も消えていた。



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