ハリー・ポッター


魔法薬学の授業へ向かう途中の高架台の隅で彼女はしゃがみ込んでいた。
声を掛けたのはそのセーターがグリフィンドールのものだったからかもしれない。
後姿からでは誰かと認識できないほど、俺は彼女を知らなかった。
「大丈夫?」
ジョンブリアンの髪色の頭が驚いたように振り返る。
薄い睫毛が数度瞬きをして俺を見上げた。
「あ、落し物しちゃって・・見付からなくて」
顔を見て彼女の名前がすぐ頭に浮かんだ。
同学年で同寮であるから知っているということももちろんあるが、その容姿から男子の間ではよく話題に出る。
「何落としたの?」
それでも話したのは初めてだった。
大人しい雰囲気の彼女が男子と話しているところは余り見掛けない。
何よりも俺自身彼女にさして興味がなかったのだろう。
「月見石。次の授業で使うのに」
困ったように眉を下げる彼女の顔を近くで見て、なるほど噂通りだと頭の中では全く別のことを考えていた。
遠くから見ても彼女は綺麗な外見をしていたが近くで見ると息を呑むような美しさだ。
「俺の分けようか?急がないと遅刻しちゃうし」
よりによって次の授業は魔法薬学だ。
遅刻したら罰則を受けるに違いない。
提案すると彼女は眉を下げたまま目を見張った。
一瞬泣くんじゃないかとドキリとする。
「いいの?」
「もちろん」
しゃがむ彼女に手を貸して、数個持っていた月見石をひとつ渡す。
「本当にありがとう」
泣きそうに思えた彼女は礼を言って鮮やかに微笑む。
ドキリとしたその鼓動が余計に早くなったような気がして、俺は誤魔化すように時計を見た。
「やばい、授業始まるぞ」
「えっ」
慌てて彼女も時計に目を遣る。
あと一分もすれば開始時刻になってしまう。
「急ごう!」
走り出す俺の後に着いて彼女も走る。
門を通り抜けて階段を下る。
後ろから彼女の息遣いや足音が聞こえる。
焦っているからか走っているからか俺の鼓動は早くなるばかりだ。
――何て言うんだっけな、つり橋効果?
教室の前に着いて彼女を振り返った時、きっとそれまでとは違う意味で心臓がひとつ音を立てた。



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