刀剣乱舞


□名前変換


(←太郎太刀の続きです。)


ただのか弱い女ならばきっと俺はこんなに主を求めはしなかったのだろう。
黒い長い髪がふわりと揺れる。
その髪と同じ色をした眸は、何も知らない無垢な眸ではなかった。
「ちょっと・・待って」
焦ったような声が耳に入る。
果たしてその胸の内は本当に焦っているのか。
廊下に篭を抱えて一人歩いていた主を見かけ、衝動でその腕を引いた。
散らばった野菜など目に入らないのは俺だけではないようで、畳の上に押し倒された主は眉を下げて俺を見つめる。
「何だよ」
今日の主の格好が和装であるのは、俺にとってえらく好都合だった。
帯に手をかけて解き始めると慌てた主の手が俺の手を掴む。
「何してんの・・!」
その声の大きさも俺の手を掴み力の強さも、まるで本気で止めようとしているとは思えない。
こういうのを何て言ったんだっけかと、つい最近宗三が主のことを指して言っていた単語を思い出そうとするが、喉まで出ているのに出てこない。
「あ?わかんだろ、何しようとしてるか」
肌蹴た着物から白い脚がのぞく。
元からきっと冷静ではなかったが、目の前の姿に血が沸いた。
男に押し倒されても声も上げず怯えもせず、それどころか押し倒している男の目を見続けることの出来る女が男を知らないわけがない。
きっとわかっているのだろう。
わかっていて知らん顔をして、中途半端に優しくする。
「覚悟があってやってんだろ?」
俺の言葉に主は目を見開いた。
心当たりがあるからこそ驚いたのだろう、それでも主は何故か傷付いたかのようだった。
その剥き出しの太腿に掌で触れるとびくりと主が震える。
「同田貫・・っ」
乱れた髪、名を呼ぶ甘い声、そして何よりも媚びるように俺を見上げる、黒い眸。
あぁ、思い出した。
「名前、アンタが欲しくて堪らない」
意識的にかはたまた無意識か、男を惑わすこの女は疑いなく魔性であった。

「遠征部隊が帰ってきたみたいですよ」

空間を裂いた声に驚いて振り返ると、開きっ放しの襖の隣に宗三がいた。
「い、今行く」
体の下から気まずそうな声が聞こえて、視線を戻すと主が這い出ようとしていた。
膝で踏んでいた着物を解放してやると、素早く服を調えた主は乱れた髪を手櫛で梳きながら俺を見た。
「ごめんね」
困ったよううに眉を下げて、主は小さく微笑ってみせた。
口の利けない俺を、すっかり忘れていた野菜を集めた主がもう見ることはなく、立ち上がって宗三の方へと歩いていく。
桟を跨いで廊下に出たその凛とした姿はもう俺のものではなかった。
「・・んだよ」
どうしようもない、と一瞬浮かんだ諦めを否定しようにも術がない。
つい先ほどまで触れていた熱はまるで幻のように俺の掌から消えていった。


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