副長が出張で不在の夜、新八や左之、平助といったいつもの面々がやけに騒がしい。
鬼の居ぬ間に何とやらで良からぬことをたくらんでいるのかと思いながら会話に耳を傾けてみた。
「って訳で今日は俺の奢りでぃ!皆で島原へ繰り出すぞ!」
・・・やはりか。
芸者遊びなぞまるで興味ない俺にしてみればあんな所の何が楽しいのか理解できぬが、声を張り上げた新八は嬉々として屯所の玄関に向かう。
「僕はいいってば!」
そんな中に意外な声が聞こえて視線を遣ると<名字>がずるずると新八に引きずられていた。
「たまにはお前も息抜きしろって。
綺麗なねーちゃんに美味い酒、きっと病み付きになるぜ?」
決して背は低くないが華奢な<名字>では新八の腕力に敵わない。
左之や平助は呆れた顔をしているものの止めるつもりはないようだ。
「お酒・・、ッでもやっぱ行かない!」
一瞬ぐらつきかけた<名字>が必死にもがいて新八の腕から逃れようとする。
不意に<名字>と目が合った。
「っ・・」
嫌な予感がしたのは俺を見つけた<名字>の目が見る見る輝き出したからだ。
そして面倒に巻き込まれたくない俺などまったく気に掛けず、<名字>は口を開いた。
「そう!今日は斉藤と飲む約束があったんだって!
だから離してーッ」
首をがっちりと捕らえられている<名字>がじたばたと足を動かす。
「斉藤ぉ?」
<名字>の言葉に新八はようやく俺の存在に気づいたらしく、ぴたりと足を止めて俺を見た。
仕方ないと小さなため息を吐き俺は新八に歩み寄る。
「そういうことだ。出来れば離してやって欲しい」
助けを求めたくせに俺が加勢するとは思わなかったのか、<名字>はぱあぁと明るい顔をして俺に手を伸ばしてくる。
「斉藤くんさすが!」
はしゃぐ<名字>と俺を訝しげに見つめた後、新八は仕方ないとばかりに<名字>を離した。
「今回は斉藤に免じて許してやる。が!次はぜってぇ連れてくからな」
新八は<名字>を連れて行くことが半ば意地になっているらしく、そう言い残して左之たちと屯所から出て行った。
「ありがとー斉藤。助かった〜」
至極安心した笑みを浮かべた<名字>がガバッと俺に抱きついてくる。
自分より少し身長の低い<名字>のつむじを見下ろしながら複雑な気分になり、その肩を押した。
「分かったから離れろ」
すると<名字>はあっさりと俺から離れ、代わりにぐいと俺の手を引く。
「じゃあ一緒にお酒飲もーよ」
「は・・?」
突然の誘いに目を丸くすると<名字>は笑みを崩さぬまま楽しそうに返す。
「いーじゃん、斉藤もお酒好きでしょ?」
「いや・・まぁそうだが、しかし――」
俺が喋っている間にも<名字>はぐいぐいと先ほどの新八ほど強引に俺を自室へと導く。
「お、おい<名字>・・!」
名を呼ぶと<名字>はぴたりと止まって拗ねたように眉根を寄せる。
「斉藤が嫌だって言うなら、別にいいけどさ」
<名字>のこの表情が手だとしても俺はずきりと律儀に罪悪感なんてものを抱いてしまう。
そして嫌という訳ではないと愚かに口を滑らせた俺に<名字>と飲む以外の道は残されていなかった。


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