局長・副長の命令は絶対、任務に忠実で感情の表現も乏しく
人付き合いが苦手な俺に近付く隊士はそういなかった。
もちろん幹部の中には友達のように接してくる奴もいたが
俺の無表情から気持ちが読み取れずに
迷惑なのかと引いた一線を踏み越えない者がほとんどで、
一番仲の良いと言える総司でさえ――まぁ総司自身が淡白である所為もあるが――俺との間には目に見えない壁というものがあった。
しかしそんな中でただ一人、線や壁など知らぬといったように俺に纏わりついてくる者がいる。
「ふわぁ〜眠い」
昼下がりの縁側に腰掛けて茶を啜っていた俺に無遠慮に近付いたそいつは
いつの間にか俺の膝の上に頭を乗せている。
「春は眠くなるよねぇ・・ほら何だっけ、春眠暁を覚えず?」
眠そうに目を擦りながら俺を見上げ、そいつ――仮にも新撰組の組長の一人である<名字>は
俺の眉間に寄った皺など気にも留めない様子だ。
「<名字>、そこで寝られると邪魔なのだが」
その口外には早く退けといった意味も含まれていたが
<名字>はそれに気付かないのかそれとも気付かない振りをしているのか一向に退く気配は無い。
「だいじょーぶ、さすがに寝ないよ」
言って<名字>はすり・・と俺の膝に頬を軽く擦り付ける。
まるで猫のような動作にため息を吐いてから茶を啜ると、
俺を見上げた<名字>は手を伸ばして来た。
「何だ?」
意図が全く分からずに怪訝な顔をする。
「お茶ちょーだい」
にっこりと微笑んでねだるその顔に一瞬絆されてしまいそうだ。
人懐っこい笑顔を振り撒く<名字>は老若男女問わず愛される奴で、
顔の作りが良い所為もあってよく巡察の時にも町の娘に噂されている。
「自分で持ってくればいいだろう」
親しい者には甘えすぎる性質もあるが、と自分の湯飲みから手を離さずに答える。
すると<名字>は不満そうにちょっと唇を尖らせた。
「一口だけでいいんだってば」
子供か女かがする仕草でとても大の男がする仕草ではない。
しかし<名字>がすれば似合ってしまうのだからどうしようもない。
永倉が昔、美男は得だということを言っていたがその通りであるのかもしれないと思った。
「どの道その体勢では飲めんだろう。
 欲しければ起き上がれ」
俺の言葉に<名字>は渋々といった様子で体を起こし、俺から湯飲みを受け取る。
すっかり冷めた茶だったが<名字>は満足げに口をつけて俺に返した。
不意にぽすりと肩に重みが掛かる。
視線を隣にやると<名字>は今度は俺の肩に頭を凭れていた。
「んー寝そう」
言う<名字>は実際瞬きの回数も多くなり、目がとろとろとして来ている。
「寝るなら部屋に布団を敷いて寝ろ。
 ここでは風邪を引くぞ」
春とはいえ何も掛けずに外で寝れば寒い。
寝ている内に日も暮れかねないと説教染みたことを言っても<名字>の目はほとんど閉じていた。
「うん・・そーする・・」
言うがそれを実行する気はないようだ。
「おい<名字>」
すっかり黙った<名字>は本当に眠りについてしまったらしく、反応はない。
呆れて<名字>の顔を見遣ると俺の苦労など知らずに幸せそうに眠っている。
「お前にそう寝られると俺も動けないのだが・・」
既に聞こえていないとは思うがため息混じりにそう呟く。
やはり<名字>は小さな寝息を立てるだけで当分目を覚ましそうに無い。
「仕様がない奴だ・・」
幼い子供みたいだと思いながらも実際悪い気がしていないのは最早慣れというものだろうか。
動くことも出来ずに俺もゆっくりと目を閉じる。
肩に掛かる温もりに小さな笑みが零れた。



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