例えば出逢いが京の街中であったり島原であったりしたなら、
この想いを伝えるのはえらく簡単なことであるのだろう。
しかし出逢いは試衛館という華やかとはまるで掛け離れた道場であった。
だから僕達は仲間だ。
僕の胸の内には京に上って新撰組となった今でも
築き上げてきた信頼や友情を崩してしまうたった一言が秘められていた。
微笑みを目にする度にこの口から零れ落ちそうになる、一言が。

廊下の先に知った姿を見付けた。
そろそろ日も暮れるなんて橙とも赤とも言える空を縁側に座って眺めていた僕は
振り返って声を掛ける。
「巡察帰り?お疲れさま」
未だ浅黄色の羽織を着たままの彼は僕を見下ろして人懐っこい笑みを浮かべる。
「うん、今日も大したことは無し。総司のいない巡察は暇だね」
何気ない仕草で彼、<名前>君は羽織も脱がず僕の隣に腰を下ろす。
ふわりと色素の薄い柔らかそうな髪が揺れた。
「へぇ嬉しいこと言ってくれるね」
いつも<名前>君の組は僕の一番組と一緒に巡察をする。
今日は本来巡察の予定の六番組組長である源さんが急用が出来たからといって交代したのだ。
「おだてたから何か出る?」
ふふと悪戯っぽく笑って言うそれが照れ隠しだと分かっているから
僕は出るよーと微笑み返して<名前>君にのった。
「いっぱい褒めてあげる」
そしてわしゃわしゃと両手で<名前>君の頭を撫で回すとその口から抗議の声が上がる。
「褒めてない褒めてない!それ絶対褒めてないって!」
ぐわんぐわんと頭を揺らされている<名前>君に噴き出すと、
唐突に呆れたような声が上から振って来た。
「お前ら仲が良いのはいーけどなぁ、」
手を止めて見上げると、眉間に皺を寄せた土方さんがまさに鬼副長といった顔で立っている。
「<名字>はいつまでも羽織着てねぇで着替えて来い。
それに総司、お前今日夕飯の当番だろ?」
母親のようなことを言う土方さんにあーと気の無い返事をすると、
髪を整えながら<名前>君は叱られた子供よろしく素早く立ち上がる。
「今着替えてきます!」
奔放な<名前>君も土方さんには弱いみたいだ。
また後でねと眩しい微笑みを向けて<名前>君はするりと僕の隣からいなくなってしまう。
胸の奥に生じた微かな痛みは単に<名前>君が行ってしまったからでなく。
その手を掴まえる理由が僕らの間にはないことが、きっと歯痒かったのだ。
「今日の魚、辛口にしようかなぁ」
辛いものが苦手な土方さんに聞こえるように呟くと
土方さんは眉間の皺を更に深くして片手で額の辺りを覆う。
「何でもいいから早く勝手場に行って来い」
嫌味も効かないことに内心舌打ちなんかしながら比較的素直に言うことを聞く。
別に土方さんが嫌いな訳じゃなくて、と意味のない言い訳を頭の中でしながら勝手場に向かうと
中庭を挟んだ反対側の廊下を普段着に戻った<名前>君が一人で歩いているのが目に入る。
声を掛けて手を振るくらい、仲間であるなら出来るだろうか。
下らないことを考えている間に<名前>君の姿は小さくなる。
駆け寄って抱き締められたら――
なんてもう何度描いたか分からない虚しい夢想を振り払って、一度止めた足を動かす。
暮れかけた夕陽が寂しく、ため息を吐く僕の影を映していた。



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