仕事が一段落して部屋の襖を開けると、目の前の廊下の更に向こう側の廊下に最近の悩みの種となっているものを見つける。
あの後俺が後悔やら自己嫌悪やらに陥ったことなど知る由もないといった様子で柱に背を預けている<名字>は、中庭に立つ見知らぬ女と話をしていた。
何で屯所に女がいるんだ・・?
訝しげに目を細めて若い女の顔を見ると八木家の娘であることに気付いた。
幾ら屯所を提供してもらっている家の娘だといっても無断で屯所に出入りされるのは好ましくない。
後で八木家の主人に注意しておこうと仕事が一つ増えた所で女と話す<名字>の表情に目が行った。
この間俺に見せた笑みとは違う。
しかし口元に優しげな笑みを浮かべた<名字>は何やら楽しそうにしている。
きっと目の前の女が自分に恋慕の情を向けた顔をしていることなど気付いているに違いない。
「っ・・」
ふと女が慌てた様子で俺の方を振り返る。
驚く女と目が合った直後、<名字>に視線を移すと先ほどとは違い口の端をつり上げて笑っていた。
大方俺が見ていることを女に忠告したのだろう。
<名字>に軽く一礼をした女は足早に八木の本家へと帰っていった。
その後姿を見送ってから再び<名字>に視線を遣る。
ひらひらと指先で手を振る<名字>に舌打ちをして忌々しい思いで歩き出した。
俺の苦い表情を見れる筈もない遥か後方、<名字>が何処を向いているか分からない俺は決して振り返ることなど出来なかった。



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