浴衣が良かったり
「………」
皆さんお元気ですか?
私は今、精市に渡されたカードキーで案内された自室にやって来ました。
わーい大きい広いくつろげるーなんて嬉々としてベッドに飛び込もうとしたら。
「Zzz」
眠り姫…いや眠り王子がおやすみなされておりました。
「…ジロー?起ーきーてー」
ゆさゆさと体を揺すれば、うーんと可愛い声で唸る。
まだ寝たいらしい彼には可哀想だがこのままだと私が困る。
「ジローってば!起きて…え?」
するりと首のあたりに腕が回ったと思ったら。
「ん〜、柔らかE…」
抱き枕みたいにぎゅうと抱き締められた。
「………」
これが侑士あたりなら問答無用でどうとでも出来るが、目の前の天使の寝顔を叩きつけて起こすなんて神をも恐れぬ暴挙は出来ない。
どうしよう、なんて迷っていた時。
「名前ちゃん、ジローの奴見てへん?」
ガチャリ。
ノック無しで入って来たなんてことはさて置いて。
入って来たのは忍足侑士。
私は今ジローの腕の中。そして腕の主はベッドの中で…。
「ジロー場所変われや!」
「今言うべきはそれか?!」
「ごめんねぇ、部屋間違ったみたい」
あれから景吾が騒ぎを聞きつけて救出してくれたが、犯人は大して気にしていない様子だった。
「ジローだったから許すけど、気をつけてね」
呆れながらデコピンをすれば少しだけ痛がった。
「でも柔らかかったC〜!ねぇ名前、俺の抱き枕に「ならない」…ちぇ」
嬉々とした提案は音速却下。
自分を抱き枕にするのを許可するほどの自己犠牲の精神は無い。
「にしても羨ましいなぁ。名前ちゃん、ちょっと今夜俺の部屋に「忍足、帰されたいか?」…冗談やんか」
ふざけた侑士の提案は景吾が切り捨てた。
「ったくお前らは。名前、寝る前は鍵を確認しろよ」
「分かってるよ。怪我人出したくないし」
「「………」」
2人はさらりと言われた言葉の真意に、背筋が寒くなった気がした。
「ジローの奴、見つかったのか?」
そんな時、首からタオルを下げて…何故か浴衣姿の亮が現れる。
「え、亮なんで浴衣?良いな格好良い!」
「名前も居たのか…って、は?」
きらきらと目を輝かせると、チョタが説明をくれた。
「大浴場の方だと貸してくれるみたいですよ」
「ホントに?よし、行って来よう」
個室にもシャワーが付いているからそちらで済ます気でいたのだが。
「名前は浴衣が好きなのか?」
何気なく訊いた問いに。
「うん、好き」
「「「……………」」」
にっこり、と。
満面の笑顔は“浴衣”が好きだと言ったのだけど。
「……………おい、何照れてやがんだテメーら」
「反則だC…」
「おまっ、簡単に好きとかなぁ!」
「顔赤いで宍戸」
「忍足さんもですけどね」
「?」
意味の分かっていない彼女は、1人小首を傾げた。
「金ちゃん、帯結ばんとあかんで」
「ん〜、上手く出来んのや。白石頼む!」
「しゃーないなぁ」
呆れながらもきちんと結んでやるあたり、流石は部長と言ったところか。
「みんなの浴衣姿…、ええわぁ〜」
「小春!俺もか?!」
「先輩らキショいッス」
大浴場は各校順番で入っていて、今は青学が入浴中だろう。シャワーで済ます連中は話が別だが。
「あれ、もう上がったの?」
そんな時。
女湯へ向かうらしい名前とバッタリ会った。
「なんやまだ入ってなかったんか?」
「1人で大浴場も寂しいなーと思ってたんだけど浴衣着たいから。そして意外に謙也も似合ってる」
「意外は余計や」
「名前先輩、1人が寂しいなら俺が付き合いますよ」
「なんや財前ズルいで!ワイも名前と入りたい!」
「うん、フツーに遠慮するね」
「なら俺と入らへん?久しぶりに会ったんや、積もる話もあるやろ?」
「蔵、沈みたいの?」
「………すまん」
まったく、氷帝の伊達眼鏡は沈まされたというのに。