ゴーイングマイウェイ
「あー、疲れた」
彼らが来た日の夜。
昼ご飯を食べた後もなんだかんだでグダグダと過ごしていたが、夕方頃にはまた明日と言って帰った。
風呂に入ったら直ぐ寝るのがいつものパターンなのだが、今日はまだ眠くない。
生乾きの髪にタオルを被って精市と雅治が侵入しようとして蓮二に止められた寝室のベッドにダイブすれば、狙ったようなタイミングで鳴る携帯電話。
「?」
一体誰だろうと思ってサイドテーブルに手を伸ばし、ディスプレイの文字を見て…一瞬止まった。
“跡部景吾”
「………もしもし?」
一体何事だと思いながら通話ボタンを押すと昨日ぶりの声が聞こえた。
『あーん?出るのが遅かったじゃねぇか』
「いや、私風呂上がりだから」
なんでこの人こんなに俺様なんだろ。セレブだからかななんて考えていることを彼は知らないだろう。
『まぁ良い。お前、今度の土曜暇か?』
「土曜…?」
ベッドから立ち上がって机の上のカレンダーを手に取る。
「無理忙しい」
『開けておけ』
その日はわざわざ精市に頼み込んでマネージャー業を休みにしてもらい、剣道の合同練習について行く予定なのだ。
「いや無理。絶対却下」
『剣道の合同練習は午前中で終了だろ?午後は空いてんじゃねーか』
「まぁ…って、なんで知ってんの?」
これが蓮二あたりならまったく疑問を持たないのだが。
『俺様に不可能はねぇ。…と、言いたい所だがそれに氷帝の連中も参加するらしくてな』
「成程。じゃなくて!わかってるなら尚更…、」
『どうせこっち来るんだろ?ちょっとぐらい付き合え』
「こっち…?」
『青学でやるんじゃないのか?』
「あー、青学て都内か」
剣道部から渡されたプリントを引っ張り出せば、確かにそんな内容が印刷されている。
『終わる頃に迎えに行く』
「…必要が分からない」
しかも承諾していない。
なんだこの俺様は……………跡部様か。
『これは決定事項だ。じゃあな』
「ちょ、待っ…」
一方的に切られた。
「もー、」
ケータイを閉じて布団に落とす。
「なんでテニス部ってこう、ゴーイングマイウェイが標準なのかなぁ」
「名前先輩、先輩にしか頼めないことがあるんです」
赤也が3年B組に来た。
特に珍しいことではないが、彼にしては珍しく真剣な様子だ。
「英…「英語を教えて下さい、と君は言う」…なんで分かったんすか?」
蓮二を真似てみたら、かなり嫌な表情で返された。
「蓮二に言われたから。えーと確か“赤也が今日中にお前に英語を訊きに行く確率85%。悪いが頼む”…だったかな」
「物真似微塵も似てませ…いたたたた!」
「わかってることを敢えて言わないの」
ぎゅっと鼻を摘めば少しは大人しくなった。
「また赤点でも取ったんだろぃ?」
「激ダサだのう」
「…人が違う」
「ピヨッ」
そこに先ほどの授業をサボっていた雅治とブン太が帰ってきた。
「なんで先輩達なんか授業サボってんのに点数取れんすか?」
「天才的だからだろぃ」
「世渡り上手だからじゃ」
「サボってる時点でアウトだから。そろそろ真田と柳生にチクるよ?」
「チクるまでもなく存じているので大丈夫ですよ」
「「柳生?!」」
当たり前のように現れた柳生に、雅治とブン太は椅子から飛び上がる。
「先生方に頼まれましてね。…真田君のお説教とプリント20枚(両面印刷)、どちらが良いかは選ばせてあげますよ」
にっこりとした笑顔に、彼らは視線を合わせた後に後者を選んだ。