それは寒い冬の日の話−後編−
「あ、英語の予習に負けた真田!」
けらけらと笑いながら、幸村がやって来た。
「いきなりだったからな。仕方ないだろう」
「まぁ俺としては部活に支障が出ないなら何だって良いけどね。
でも相手は女の子なんだろ?いくら強いって言っても…」
「だが、少し強いだけの女子では今の剣道部に勝つことは出来ん」
今年の剣道部は強い。
そんな彼らに圧勝したというのだから生半可な実力ではないだろう。
「それだけ強い子、ねぇ」
一体どんな子だろうなんて考えて、取り敢えず女らしくはないのだろうなんて勝手に思っていた。
「初めまして、名字です」
ふわりと笑う目の前の人物は中性的ではあるが、線の細い美人系で。
確かにスポーツもソツなくこなしそうではあるが、武術に向いているようには見えない。
「急で済まなかったな。話を聞いていたら手合わせしたくなった」
「別に良いよ。強い人と戦うの嫌いじゃないから」
何処か掴み所の無い雰囲気だが、いざ試合開始直前となった時にハッとする。
「手加減無用で宜しく」
手加減なんかしたら、こちらが負けると。
「すっげぇ…」
残り25秒になっても、互いに一歩も譲らない熾烈な打ち合いが続いている。
瞬きさえ許されない2人の動きに誰もが釘付けになって離れない。
「…っ、」
一瞬名前が怯んだようだが、直ぐに体勢を立て直し攻めに入る。
10・9・8…
タイマーだけが無機質に進むが1秒が酷く長く感じられる。
4・3・2…
「「!」」
ビーッ!…と、電子音が鳴り響き2人の攻防がピタリと止む。
「延長は…、」
「しないよ」
誰かの呟きに、名前は答えた。
「引き分け、か。嫌いな結果だけど仕方ない」
面を外した彼女にはもうやる気はないらしく、荒い息ながらも真田を見た。
「良いよね?」
「…仕方ないな」
ポカンとする剣道部員をさておき、2人は帰る気しかない。
「ちょっと待てよ、決着は?!」
耐えきれないとばかりに叫ぶ部員に、彼女は静かに答えた。
「だって今やっても意味無いから。
じゃね真田。次やる時があったら決着付けたいな」
「ああ、楽しみにしている」
そう言って、名前はさっさと帰り真田も部活に向かってしまった。
×××
「なんで決着つけなかったんすか?」
「だって確実に私が負けるから」
そこまで話して、赤也が尋ねた。
「体力だけはどう頑張っても負けるからね。真田もそれがわかってるから引き分けのまま終了」
「いや、女子で真田と対等に戦えるって時点で勝ったようなもんじゃね?」
「まぁね。お陰で余計女子にモテて大変だった」
「「「……………」」」
微妙な表情をする3人に苦笑していたら…、
「休憩は終わりの筈だが…?」
「うわ、副部長!」
背後から皇帝が現れた。
「ほい、タオル」
「ああ。…お前らは早く練習に戻れ!」
その言葉と同時に彼はコートに戻ってしまった。
「あの時の話か」
「聞いてたの?」
「聞こえてた」
少しだけ不機嫌に見えるのはいつものことだ。
「あの時はまさかテニス部のマネージャーになるとは思ってなかったよ」
「そうだな」
「ね、真田…」
「?」
くるりと振り返り見れば、怪訝な表情と目が合う。
「立海が3連覇して、部活が引退になったらもう1回だけ試合しようよ」
「1本勝負で、か?」
「勿論」
ふわりと笑うその顔は、初めて会った時と同じそれで。
思わず、僅かにだけれど頬が緩んだ。
「ねぇ、なんか腹立つんだけど」
「少し我慢しろ幸村。貴重なデータが取れそうなんだ」
「いや、幸村の気持ちは分かるナリ」
「仁王君、少し自重なさい」
「真田、馬に蹴られないかな…」
「幸村、それは酷いぜよ」