09
氷帝学園中等部棟・屋上
時刻は昼を少し過ぎた頃。
「ヤバい、天使が居るんやけど」
「写真は止めとけよ侑士」
「今ここで文明の利器を生かさへんでいつ生かすんや」
ケータイのカメラを起動させた彼に、溜め息混じりで岳人は言った。
「跡部が自分の寝顔を待ち受けにしてんの知った時、硬式バットでホームランしてたぞ」
「………やっぱり、胸にしまっとくんが一番やな」
「な?」
そんな話をされてるなどつゆ知らず、ベンチの上でジローに抱き枕にされている天使は、小さく唸る。
「おー、やっぱり寝てたな」
「名前起きて、跡部達が来ちゃうよ」
昼食を手にした宍戸と滝がやって来て、ゆさゆさと小さなその身を揺さぶる。
「ん…」
ゆるゆると瞼を開けて、鬱陶しそうに滝の手を掴むその無防備な様子に、忍足が駆け寄りかけた。
「あ、ヤバい可愛い。襲ってもええ?」
寸前で首を掴んだ宍戸が言う。
「岳人、警察」
「おう」
本気でケータイを取り出すあたりに、普段の忍足侑士という人格が伺える。
「あ、たっきー」
「おはよ。お昼買ってきたよ」
「ありがと」
ふわふわとした笑顔が応えて、まるで恋人みたいな空気が流れる。実際、この2人の関係は立場上部内でも良好だ。…が、気に入らないお方もいるわけで。
「………」
「跡部、顔酷い」
「跡部の顔を酷いって言えんのは名前ぐらいやな」
「いや造形じゃなくて表情が」
眼だけで人が殺せる。いや、確かに女子ならば実際何人もやられてる。…今みたいに睨んでる眼ではなくて、涼し気な流し目に。
「滝、てめぇ俺の名前に「だからお前のじゃない」…とにかく離れろ」
それを言うならジローの方が近いのだが、まぁ…跡部は彼に甘い。はいはいと苦笑しながら滝は名前に昼食を渡してから離れた。
「ジロー起きて、ご飯」
「ん…、あと5分…と12時間」
「起きる気皆無だね。おーきーろー鼻からミルクティー流し込むよ?」
「それは止めてやれ」
先ほど渡された袋からミルクティーを取り出すと、亮に止められた。冗談だったのに。
「鼻からは酷いC…」
「次からはそうするかも」
紙パックのそれにストローを刺して口に含む。程良い甘さがお気に入りだ。
「でね?跡部さん、おいでおいでとばかりに自分の膝を叩いても私は座らないからね?」
いつの間にかベンチ(しかも何故か跡部用となってるベンチらしからぬベンチ)に座っている男の行動が無性に腹立たしい。しかも良い表情で。本当に顔だけは良いなコイツ。
「せっかくの特等席だぜ?」
「庶民の私には価値が分からないから要らない」
「跡部よりは庶民派な侑クンの膝も空いてるで?」
「膝の皿を叩き割れば良いの?」
「…そう返されるとは思わんかった」
だから何で俺の扱い酷いねん…と呟く忍足の肩に、岳人が手を置いた。
「がっく…」
振り向いた顔に、指が刺さる。
「フツー引っかかるか?」
「激ダサだぜ」
ぐすっと聞こえたのは、多分気のせいだ。