08




「離したくないにゃー」


「離す気も感じられないにゃー」


あ、移った。いや、でもこれ言うの楽しいかもしれない。

現在…何やら合宿の最終調節だかで、練習が終わっても私たちはまだ青学に居た。特にやることは指示されていないので、それぞれが自由に過ごしていて…跡部や手塚がいないのを良いことに英二に合意のもと攫われた。…攫われた?

とにかく、後輩達が真面目に練習に励むのを眺めながら、猫みたいな口調の彼と遊んでいる。


「すっかり懐かれちゃったね」


「だって名前可愛いし!あ、貸したげないからね、今は俺の番!」


河村ことタカさんが苦笑気味に言うと、英二はそう反論した。カムバック大石、彼を止められるのは君だけさ。


「こら英二!迷惑をかけちゃ駄目じゃないか!」


私の心の声を聞いたのか、本当に大石が戻ってきた。


「ちゃんと許可はもらったのにー」


ぶーたれながらも、ひょいと私を地面に降ろす。


「話は終わったのかい?」


タカさんの問いに大体ね、と彼は答えた。


「ていうか、私まだその話聞いてない」


「俺もー。合宿って?」


「あぁ、夏休み中に何校か集まって合同で合宿をやるって話」


うわぁ面倒事の予感。サボっちゃ駄目かな…駄目だろうな。


「しかも夏休みかー」


宿題とかあるのに。あ、でも合宿に持って行って跡部に教えてもらえるメリットはあるのか。成績は上から数えた方が早い場所に位置するが、学年首席に適うほどではない。


「夏休みも名前と遊べる!」


いや嬉しそうにしてるけど練習がメインだから。あと個人的な予想だと君は絶対に夏休みの宿題を後回しにするタイプだろ…と思った内心を大石が代弁して、英二がちょっとしょげたので私は何も言わないでおいた。
しかし、先ほどといい彼は私の心でも読めるのだろうか…?


(それはちょっと嫌かなぁ)


そんなことを考えた。
















さて。

いきなり個人的な話だが、私はあまりシートベルトが好きではない。あの素材といい束縛感といい、心地良いものではないと思う。もちろん、万が一の事故に備えて重要な役割を果たしているということは理解しているから、乗車の際は必ずしている。

………なぜこんな話をしているかと言うと。


「跡部さん跡部さん、私この席嫌なんですけど?」


「あーん?特等席じゃねぇか」


「チャイルドシートのがまだマシかな」


何故なら私の現在地は、氷帝に帰るのに無駄に乗り心地の良いバスに乗った…氷帝の王様の………お膝の、上。具体的には、背中から抱き締められる形で座っている。

帰り際に青学の皆さんとアドレス交換で盛り上がったり、跡部が居ない間に英二に遊ばれていたのをうっかり口にした岳人(謝ってくれたので許した)のせいでご機嫌斜めな王様に捕まった結果である。


「機嫌直せよ、拗ねんなって」


「うるせぇ」


みょーん。頬を伸ばされる。跡部さん私の頬いじめるの好きッスね。


「ていうか跡部さん、私もう眠いんですけど」


後ろの方の席でぐっすり寝てるジローが羨ましい。車の振動と跡部の体温が良い感じに眠気を誘う。


「なら寝りゃあ良いだろ」


「じゃあ離せ」


「このままでも寝れんだろ」


お腹に回った跡部特製腕シートベルトが僅かに緩む。


「………涎垂らされてもしーらない」


流石にこのままは寝にくいので、もそもそと体を横にして、空いている座席に足を置く。というかこの座席に座って背もたれを下げれば全て解決なのに…と思いながらも、こてんと頭を彼の胸元に預けて目を閉じると、少しだけ抱き直された。


「おやすみ」


「あぁ」


ふ、と小さく笑われた気がしたけれど…直ぐに意識は沈んでいった。








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