02
「先輩っ!」
「長太郎よ、ドリンクの粉と水の比率が9:1にされたくなかったら下ろそうか」
ふわり、と足が地面から離れる。決して重力が休憩をしているわけではない。
「忍足さんのドリンクだから別に良いです!だから抱っこさせて下さい」
「事後承諾は却下します。若、助けろ」
「俺には無理です」
まったく冷たい後輩である。しれっと答えた彼は部室に入ってしまう。爆発しろ部室ごと。
現在は部活開始前。他の部員より早く着いたから、出来る限り用意でもしておこうというマネージャー(強制労働)の厚意をあっさりシカトして、亮の飼い犬こと長太郎は人の作業を妨害してくれた。
「先輩、ちゃんと食べないと背が伸びませんよ?」
「3食キッチリ+間食してる。あとこないだ“この身長が可愛いです”とか言いやがったくせに何を言う」
「背は伸びないで欲しいんですけど、こう、成長を見守りたいっていうか」
「樺地、助けろ」
「…無理、です」
樺地にまで見捨てられた!いや彼の場合はどうして良いのか分からないのだろうが。
ぎゅうっと抱き上げられたまま地面に別れを告げていたら、後ろから引っ張られ…気がついたら着地していた。
「名前は俺様の所有物だっつってんだろーが」
いつの間にか来ていたらしい、何様俺様跡部様。
「人権侵害で訴えるよ馬鹿」
「あーん?勝てると思ってんのか?」
「………たっきー、慰めて」
考えるまでもない。視界が滲むのはきっと気のせいである。
「よしよし。俺は名前の味方だよ」
一緒に来ていたらしい彼は、よしよしと頭を撫でてくれる。不思議と彼のそれは反感が起きない。多分人柄の問題だ。
「なんや羨ましいなぁ。名前はいつになったら俺に懐いてくれるん?」
そんなじゃれあいをしていたら、忍足と岳人も来た。
「あ、岳人!」
「おう。今日も遊ばれてんのな」
「助けてくれても良いよ?」
「俺はどっちかっつーとお前の味方だろ」
「まぁね」
「なぁ、そろそろ俺に構ってくれへん?侑クン寂しくて死んでまうで?」
「侑士キモイ」
「岳人に同意」
「………泣かへん」
ぐすっと鼻をすする音がしたのは気のせいだろう。
「宍戸達は委員会か?」
「うん、ちょっと遅れるって言ってた。…でさ、跡部?」
会話はよくある内容だが、状況がおかしい。先ほど長太郎から解放されたばかりと思っていたのだが。
「いい加減に私を膝の上に乗せて会話するの止めない?」
「何か問題があるのか?」
たっきーと岳人にSOSの視線信号。けれど私の味方(=常識人)も流石に氷帝学園が誇る跡部様にはかなわないらしい。
ふるふると首を横に振られて、ちょっと泣きたくなった。
「相変わらず軽いな。ちゃんと食ってんのか?」
「3食キッチリ+間食してる。…ねぇ、君たちは私の健康状態がそんなに気になるの?」
「いや、ただでさえ低い背が伸びないのは…「跡部?」…なんでも無い」
全力で睨めば彼は黙る。…が、跡部の膝の上なので、端から見ればかなりシュールだろう。
「にしても本当にちっせぇな」
「今年の七夕の願い事が今確定した。跡部の身長が日に日に縮みますように」
軽々と抱き上げやがってチクショウ。誕生日なら学年で私が一番早いってのに。
「なら、俺の願い事はお前の身長が変わらないように、だな」
正面から抱き上げられているので、結構顔が近い。これで造形が人並みなら顔面を殴り飛ばすのだが、ファンが怖くてそんな暴挙は出られない。
「あ、やっぱり跡部が爆発しますようにが良いな」
どちらにせよ、現実味は皆無です。