さぁ殺してくれ
失ってから気付くなんて、馬鹿みたいだと。………分かっていたつもりだった。そして、自らがそんな愚行を犯すわけがないだろうと。
「………」
家に帰れば、何も変わらない部屋。でも、嘘だ。変わった。何もかもが違う。家具の配置も、机の上も何1つ変わっていないはずなのに。
『ばいばい』
言われた俺なんかより、ずっとずっと辛そうな表情。そんな顔をするぐらいなら、言わなきゃ良いのに。言ってほしくなんか、なかったのに。
「名前…っ!」
ずるり。壁に寄りかかったまま、座り込んで。何度かけても繋がらない携帯電話を握り締め、嘲笑う。
他には、彼女に繋がる手段が無いなんて。
「………」
何もかもを、手に入れられると自惚れていたのに。彼女が好きだと言ったこの手は、一番焦がれるものを手放して…2度と掴めない。
窓の外には、憎いぐらいに綺麗な月と、静かに降りしきる真っ白な雪。
「は…っ、」
駄目だ。笑えない。自身に向けた嘲笑さえ、酷く空虚で。泣きそうなぐらいに辛いのに、痛いぐらいに目は乾いたまま。
(…情けねぇな)
男なんか、そんなモノかと。彼女さえ居るなら何だって平気でいられるのに。それは虚栄心もあったけれど、何より確固たる安心があったからの話で。
愛していただけ、痛みは増す。心臓を抉られるより酷い激痛は、いつになっても消えないのだろうか。
(本当に、救えねぇ)
君という存在を失ってから初めて、幸福の意味を解するのだから。