ちに穢れた世界の中で




粉雪が、舞っていた。


(マフラー、なんでして来なかったんだろ…)


寒くて、本当に寒い雪の日。少し前から飾られていたイルミネーションが、今日はいつもより輝いて。

白い息を吐いたのは、何度目か分からない。かじかんだ手に吐息をかけても、すぐに冷たくなって。

楽しげな笑い声や、見せつけるみたいに寄り添う男女。誰も、彼女を気にしない。けれど、それで良かった。無関心に通り過ぎる人達に興味は無い。ただ、珍しく空気を読んで降ってきた粉雪と、派手なくせに幻想的なイルミネーションが、無性に腹立たしいだけで。


信じてもいないサンタクロースは、彼女にとって最悪のプレゼントを送りつけた。


(よりによって、クリスマスに…)


たとえば、恋人と思っていた彼の…見知らぬ女とのツーショットとか。

………バイトだと言った彼は、どうやら素敵なバイトをしているらしい。可愛い女の子とクリスマスにデートとかいう、ふざけたバイトを。


クリスマスにばっちりのシチュエーション。そんな中、彼の横には知らない女。嗚呼、本当に腹が立つ。けど。


(帰りたくないな)


はぁ、と。また、白い息。こんな場所で突っ立っていても、体温が奪われるだけなのに。



私の視力はとても良い。なのに、ヘンだな。………イルミネーション、ぼやけて見える。



つぅと伝う涙の筋が、冷気にあてられてより冷たく感じる。きっと、誰も気付かない。この粉雪の下で、泣く姿を。


そう、思っていたのに。


「おい」


ふわり。首にかかる暖かいそれが、マフラーだと気付くのに時間はかからなかったけど。声の主を判断するのに、少しだけ混乱した。

だって、ただのクラスメートで。動作から、マフラーをかけてくれたのが彼だとは分かったけど…理由が分からなくて。


「なんで…?」


戸惑う口はそう発したが、本当に分からない。なんで跡部君が此処に居るのかとか、なんで私にマフラーをかけてるのかとか…なによりも。


「さぁな」


素っ気なくそう応えるくせに、なんで私を抱き締めているのか、とか。


触れ合う体が、熱を帯びる。さっきまでの寒さが、ゆっくりと溶けていくような。

だから、多分。溶けてしまったから、流れいくのを止められない。ぼやける視界が、歪む。はらはらと、幾筋もの雫が。彼の服に、染み込んでいく。


「…っ、」


優しく髪を撫でられて、安堵感を覚える。この、粉雪とイルミネーションと、聖夜という今日には相応しくないであろう君への罪悪。


でも、でもね。



本当に、好きだったの。















「ねぇ、なんで?」


相変わらず、腕の中。少しだけ落ち着いたけど、現状に納得は出来なくて。


「さぁな」


また、同じやり取り。責めるような視線を向けかけた時、ただ、と形の整った口唇は動いた。


「なんとなく、予感がした」


「…何それ」


拍子抜けする、抽象的な理由。予感がしたから、何かと問いたい。


「けど、当たっただろ?」


「………」


「なぁ、」


ぎゅっと強くなる腕。自然と近くなる距離に、不覚にも胸が鳴る。まぁ、彼は元から端正な顔立ちをしているから、距離が近いだけでも緊張してしまうのだけど。


「今のお前に言っても、信用無いかもしれねぇが…」


刹那。
重なる唇と唇。

瞳を閉じる間も無く、触れては離れた。奪われたというには優しくて、口付けと呼ぶには短過ぎて。


目を見開く私に構わず、見とれるような余裕の笑み。


「俺なら、絶対に離さねぇ」


これ以上ないぐらいに縮まる距離に、酷く安心して。



「それだけは信じていい」



そんな風に言われたら、嘘でも信じたくなるじゃないか。








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