展開らばーず


ぎゅう。

それはもう、いきなり。何の前触れもナシに。場所は生徒会室。人は生徒会長。時刻は放課後。


「………」


私の思考が現状把握に戸惑っているのでもう1度確認しよう。場所は我らが生徒会のホーム生徒会室。人は生徒会長、そしてテニス部部長でもある手塚国光。時刻は生徒が部活に向かってしまい人の少ない放課後。

本当に、いきなり。パソコンで書類をまとめようと思っていたら、背中から。


抱き締められた。


「………」


「………」


背中から感じる体温と、顔の横にある彼の腕。私の思考ショート中。ぷすぷすぷす。黒い煙が出てる気がする。


「え…っと、」


そもそも今日は部活で、生徒会には来れないとか言っていたから私1人で仕事を終わらせる気だったのだが。

いきなり生徒会室の扉が開いて、彼が来て、抱き締められて………。


「●〆仝ゞQщρ¶яッ?!」


「悪いが人外の言語は止めてくれないか?英語やドイツ語なら問題ないんだが…」


私の言語ツールに甚大な被害。日本語も喋れないレベルまで思考が破壊されてしまったようだ。


「あ、あのさ…手塚、」


なんとか言語だけでも復旧させて、大混乱のまま彼に言う。


「どうしたの?」


ドキドキと心臓が五月蝿い。いやいや落ち着くんだ私。手塚が抱き締めてくるって…、そんなの罰ゲームで仕方なくとか。実は体調が悪いとか。私の背中がラッキーアイテムだとか。そんな面白い答えを期待してたのだけど、


「特に明確な理由は無いが…」


「うん…」


「急にこうしたくなった」


「うん?」


「…それでは、駄目か?」


手塚国光という男に後ろから抱き締められた状態で、耳元で駄目かと問われて、駄目だと言える人間は少数派だと信じてる。


「い、や駄目っていうか…」


ただ、私達は生徒会の仲間同士なだけで恋人同士ではない。その戸惑いを察したのか、彼は私から離れて…、


「明確な理由が必要だと言うなら、」


ぐるり。回転式の椅子を回されて…見つめ合う眼鏡越しの真っ直ぐな瞳。



「好きな女に触れたいと思うのに、理由がいるのか?」



あまりにも格好良過ぎて見とれる。…とか思ったのと同時に、彼の言葉の意味を理解する。


「あ、え…へっ?!」


手塚は椅子の背もたれに両手を付いて、逃げられないよう私を囲う。心拍数が異常。そんな私に構わず、端正な顔立ちが近寄って来て。


「………」


柔らかい、口への感触。


それがキスだと気付いた時には既に離れていて。やはり真っ直ぐな、けれど熱を帯びた瞳と絡む視線。頬はどうしようもないぐらいに熱くて。


「好きだ」


そのたったの3文字は、私を射殺すには十分過ぎる威力。

正面から抱き付く腕の中に、素直に収まって…、


「わ、私…も…です」


破裂しそうな心音にかき消されそうな、か細い声音。けれど、ちゃんと通じてくれたらしい。ふわり。初めて見る最高に柔らかい笑顔。あ、それは私が殺せるほどに綺麗。



また、口唇が重なった。







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