四天宝寺編・壱
「名前〜っ!」
ぴょーんっ!と真っ先に抱きついて来たのは、予想通り金ちゃんで。
四天宝寺で剣道部の練習試合があるから、と幸村に2泊3日の休みを要求したら当たり前のように断られたのだが、真田のお陰で何とか来ることが出来た。
そう、剣道部として今日は大阪まで来たの…だが。
「おー、名字久しぶりやな。ちょっとテニス部寄ってき」
1年の頃の私の担任であるオサムちゃんに強制連行されて、今に至る。
「なんや連絡してくれればええのに〜」
「いや、結構急に決まったからさ」
水くさいわぁと言う小春ちゃんに謝りながらも腕の中には金ちゃんが居て。ぎゅううう〜っ!と抱きついて離れない。
「来ーるーのーおーそーいーっ!」
「………いや、まぁゴメンよ」
「ワイはずっと待ってたんやで!」
「金ちゃん、力緩めんと名前が死ぬばい。顔色悪くなってっとよ」
「はっ!大丈夫か名前?!」
「…ちょっと死にそう」
ようやく腕の力を抜いてくれた(…が、離れはしない)お陰でようやく正常な呼吸が出来る。
「あれ、蔵と謙也は?」
「部長達ならもうすぐ戻って来ると思いますけど…、」
見渡しても、2人が居ない…と思っていたら。
「だ・か・らっ!なんで毎日毎日おやつが善哉やねん!昨日もやったで!」
「気に入らんなら謙也が“四天宝寺毎日恒例おやつ指定権利争奪大会”に勝てばええやろ。勝ったモン勝ちや」
「なんや謙也さん、毎日善哉の何に文句あるんや」
「文句しかないわっ!自分どんだけ善哉好きやねん!洗脳されとんのか?!」
「洗脳されるほどの浪漫が善哉には詰まっとるやろ」
「あんこしか詰まっとらんわ!」
私の存在を華麗にスルーして騒ぐ2人を見ながら、呟いた。
「…それは饅頭じゃないかなぁ」
その呟きを聞いていたらしい蔵が、うんうんと頷く。
「せやな。…けど名前?」
「うん?」
ペシッと頭を叩かれた。痛くはない。
「来るんやったら先に連絡せぇや。吃驚したやないかい」
「いやー急に決まったんだよ」
金ちゃんの頭をよしよしと撫でながら、私は笑った。
「もーええわ。名前先輩、謙也さんの善哉食べてええですよ」
「わーい謙也ありがとー」
「………名前にやるならしゃあないわ」
潔く諦めた謙也の気も知らないで、私はスプーンを金ちゃんに向ける。
「金ちゃん、あーん」
「あー」
「って何やっとんねん!」
「…名前先輩、それ俺にやってもらってもええですか?」
「待ちや光。名前にあーんしてもらうんは俺が先や」
「アタシはむしろ名前ちゃんにあーんしてあげたいわぁ」
「こ、小春!俺もそれやって欲しいで!」
相変わらずだなぁと実感しながら、自らの口にも善哉を運ぶ。あ、食べるの久しぶりだけどコレは美味しい。
「美味い」
「俺のお気に入りなんや、当たり前ですわ」
素直な感想を口にすれば、何故か嬉しそうな光。
「いや、せやけど毎日はおかしいやろ?」
「ワイはたこ焼き食べたい〜っ!」
「ばってん、金ちゃんは部活の後に食べに行っとるばい」
「あー、良いなぁたこ焼き。たこ焼きも食べたい」
そういえばたこ焼きもご無沙汰だ。以前侑士と話したが、やはり関西の方が味覚的には好きだったりするから、ぜひ楽しみたい。
「せやったら、帰りに一緒に行こか?」
「良いの?やった!」
蔵の提案に素直に喜んでいた時、私のケータイが震えだす。
金ちゃんに善哉を託して(あ、食べられた)ケータイを開けば、あ、と思った。
「目的忘れるとこだった」
「何や、もう行くん?」
「いや、そもそもこっちがメインだからさ。終わったらまた来るね〜」
メールは、剣道部の部長から。内容は目的忘れてないかという旨で。
正直に言おう。
うん、忘れてたよ。