はイップス

「すっごい格好良かった。思わず見とれちゃったよ、運命ってこういう事言うんだなって」


「…そうか」


「もう蝶のように舞って蜂のように刺すってヤツ?…俺はあんまりアクションとか観ないし武道は詳しくないけど、あの子は本当に強い。あー、また会いたいなぁ」


「精市、」


「ん?どうかした?」


彼には珍しく興奮気味に話すものだから、遮るのが躊躇われた。が、しかし。


「誰のことを話している?」


いきなり話し始めて、質問の余地を与えない。まるで恋愛話に興じる女子のようだと思った真田の思考は正しかった。


「俺の王子様」


恋する乙女という表現が、この魔王に当てはまる日が来ようとは。




















「あー、それ多分名字だな」


風船ガムを膨らませて、俺は答える。


「名字…?名字名前、か?」


柳の質問は俺が予想していたもので。最近幸村君に気になる女子が居るってハナシ。


「剣道部の副部長じゃのぅ。俺らと同じクラスナリ」


「それって、全国大会の優勝者じゃなかったッスか?」


放課後の部室にて。俺達は互いに情報交換。柳は相手こそ知らなかったものの、幸村君の名字へのお熱っぷりを話した。


「確かに名字は剣道つえーし、クラスでも男女共に人気あっけど…」


「なんで幸村部長がその人に惚れたんスか?」


そんな話をしていた時、ガチャっと扉が開いて…噂の人物ご登場。


「俺がどうかしたかい?」


相変わらず、爽やかに見える笑顔。俺や赤也は慌てて何でもないと言い訳するが…、


「のぅ幸村。お前さん名字の何に惚れたんじゃ?」


「おまっ仁王!」


「先輩…っ!」


超ストレート。詐欺師のくせにこういった時だけ捻りが無い。

柳は興味深げにしてるだけで何も言わないし、俺は恐る恐る魔王へと視線を向け…、

「な、別に惚れてなんか…。ただ、憧れてるだけで」


「「「「……………」」」」


女子みたいに顔を赤らめて照れる、我らが部長に、思わずポカンとした。


「なぁ、今って夢だよな?」


「………早く柳生あたりが起こしてくれんかのぅ」


「柳先輩、俺ちょっと真田副部長に喝入れてもらって来ます」


「いや、俺も付き合おう。どうやら幻覚が見えるようなのでな」


みんな、速攻で目の前の現実から目を逸らした。


「ていうか、なんで俺が名前さんに好…憧れてるって…っ!」


駄目だ、本気でこれは夢だ。幸村君が照れながら慌てるって…しかも好きって言うのが恥ずかしいとか、ナイナイ。俺の脳内妄想激し過ぎ。


「む、何をしている?」


「幸村君?顔が赤いようですが…」


そんなタイミングで救世主登場。


「やぎゅ!やぎゅうぅ!早く俺のことを起こすナリ!」


「副部長ぉっ!ちょっと俺に喝入れて下さい!」


「お前ら、どうしたんだ?」


「………ジャッカル、ちょっと俺の頬つねってくれぃ」


「………」


無言のまま、つねられた。コイツは結構順応性が高いと思う。そして痛い。あ、此処現実だったわ。


「真田!名前さんのことは誰にも言うなって、」


お前は女子か!…これが幸村君じゃなかったら全力で突っ込んでいる。ていうか真田も俺が他言するわけが無いだろうとか「ちょっと!誰にも言わないって約束だったじゃない!」「私、誰にも言ってないよ!」みたいな会話を連想するから止めてくれ。


「しかし、幸村君は名字さんと接点が無かったように思うのですが…」


「いや…こないださ、」



あぁもう!だから赤面する幸村君とか幸村君じゃねーから!





×××





偶に、ある。
女みたいな外見だと、目を付けてくる俗世の愚物が。


「キレーな顔してんなぁ、女みてぇ」


気持ち悪っ、なんて言ってくるが…俺に言わせれば、コイツらのような悲惨な顔立ちに生まれるぐらいなら、少々不満だが女みたいでも整った顔で良かった。

そして、黙ったままでいる気もない。


「君みたいな悲惨過ぎる顔よりは、比べられないほどマシじゃないかな?」


一気に歪むその顔さえ、視界に入れたくないほどに醜い。しかし、殴ると思った拳は避けられたが、同時に脚払いをかけられるとは予想外。

ぐらりと体勢を崩して…、


「大丈夫?」


「?!」


背中を支えられた。


「中学生相手に、大人げねーの」


その人物は横顔しか見えないが、中性的な美人だった。格好だけで判断するなら男のようだが…、



「早く消えるのと私に消されるの…、どっちが良い?」



それが彼女との出逢いだった。















言葉通りのことを実践してみせた彼女は、俺を見た。


「大丈夫?ここら、偶にあーいう馬鹿がいるから気をつけなよ」


「あ、ありがとうございます」


俺を庇いながらも、余裕全開で先ほどの高校生を倒した彼女は格好良過ぎて。憧れの人と会話するような、そんな高揚感が俺の中にあった。


「君、幸村精市でしょ?うちのテニス部の…」


「え…っ」


「私、立海生だよ。君と同い年」


自分を知っていてくれたこと。近い場所にいたこと。様々な要因が、凄く嬉しい。

ドキドキ。心臓が五月蝿い。テニスの時とは違って、苦しいような嬉しいような…筆舌し難い感覚。複雑で、けれど不思議と嫌じゃなくて…彼女から目が離せない。


「んー、格好良いとは聞いてたけど美人さんだね。…ちょっと妬ける」


そう言ってイタズラっぽく笑うから、俺はあっさり陥落した。





×××





「…というワケなんだ」


こんなに嬉々とした様子の幸村を初めて見た他のメンバーは、眼科に行かなくてはと考えていた。


(なぁ、俺の目の前に“恋する乙女”が居るんだけど…)(俺もナリ…)(柳生先輩、眼科紹介して貰っても良いッスか?)(切原君、現実から目を背けてはいけませんよ)


そんなアイコンタクトが音速で交錯する中。


「失礼しまー…って、取り込み中か?」


ノックの後の、少し高い声。


「名前さん?!」


「あ、いきなり悪い。これ、雅治とブン太に渡したいんだけど…」


いきなりの登場人物は、噂の名字名前で。彼女は仁王とブン太に何やら手渡した。


「明日小テストなのにプリント返すの忘れたからーって安藤に言われたからさ」


「おぅ、悪ィな」


「わざわざすまんのぅ」


「じゃあ、私はこれで。お邪魔しましたー」


あっさりと部室から去ろうとする名前を、あっと幸村は呼び止めた。


「あの…」


「どした?」


扉に手をかけながら、彼を振り返って言葉を待つ。


「部活、頑張って」


その台詞に、一瞬キョトンとしたと思ったら。


「幸村も、な」


それは良い笑顔で返事がきた。


「………」


ふしゅーっと赤面気味に幸せを噛みしめる魔王に周りは複雑な気持ちになる。誰だコイツ、と。


「ところでさ、仁王とブン太は名前さんと仲良いの?名前で呼ばれやがって」


「「………」」


絶対零度の微笑みに、2人は背中に冷たい何かを感じ…、赤也と柳に合掌された。


恋に落ちても、魔王は魔王だったのだと。



(名前、頼むからもう部室にはくんな)(あ、やっぱり迷惑だった?悪い)(いや、そうじゃないんじゃが…)









「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -