最奥までキスをして
卑猥。
軋むスプリング、荒い息と、甘い嬌声。カーテンの向こうの重なるシルエット。
年齢不相応な厭らしい光景と、やけに冷静な自分の思考。
(また、か)
彼が呼び出す時は、決まってそう。必ず情事中に私が来るように仕向ける。
場所は保健室。保険医不在。絶好のシチュエーションに、私、邪魔者。ただし、彼曰わく…誰かに見られて興奮するとか、そういったアブノーマルなプレイをしたいわけじゃないらしい。
少ししたら、やっとコトが終わった。カーテンから仁王が出てきて。あぁ、ベッドの上の毎回違う女の子は気絶したのか。いつものことだが。
彼は下は履いているがシャツは羽織る程度で、ボタンを止める気が皆無。外見以上に鍛えられた男らしい上半身を惜しげもなく晒しているが、あいにく興味が絶無。
「名前、」
にこっ。先ほどまであんなに卑猥な行為に没頭していたとは思えない、幼い笑顔。
いつも通り保険医の椅子に座りながら待っていた私に、無断で彼は抱き付いてくる。
「キスしてもよか…?」
ぎゅうううう。無邪気な笑みのまま、殺す気かと思える腕の力が私の体を締める。
「なんで?」
「名前が好きじゃから」
また、無断。キスというか、私を窒息死させたいのかも。その可能性が完全に否定出来ないから困る。最奥まで喰らう感じ。彼の前世は肉食獣かもしれない。
「考え事、駄目ナリ」
「は…っ、そんな余裕無いんだけど?」
生理的に流れた涙を舐められるが、酸素が欲しくてそれどころじゃない。…って、あぁまたキス。
「名前」
「うん」
「好き」
「そうだね」
嫌いではないのだろう。懐いた猫のように擦りよってくるのだから。
「名前、」
ごろん。椅子から落とされ、床に押し倒される。危機感が無いのはいつものことだから。
「離れんで…?」
彼と行為をしたことは無いが、彼は私に異常なまでの執着を見せる。テニス部以外の異性と会話すれば、その相手を病院に送りかけるレベルで。
「離れたら、仁王、死んじゃうもんね」
「ピヨッ」
ほら、また重なる口唇。余談だが、彼は私以外とキスをしない。体は誰とでも重ねるくせに、なかなか面白いこだわりだ。
愛が無くとも交わるくせに、愛が無いとキス出来ない。なんて不自由な制約か。
「仁王…、」
「雅治ぜよ」
「雅治」
「うん?」
けど、残念。
そんなのに捕らわれた私、もっと不自由。
「好き」
「知ってるぜよ」
ねぇ、もっと深いキスをしよう?