言い忘れたけど、お気を付けて
「…帰さない」
ぎゅう。掴まれた腕に力が込もる。真っ直ぐな瞳は私を捉えて、逸らせない。
「手塚、私…」
「悪いが、帰してやる気はない」
ほとんどの生徒は部活か既に帰宅済みで、人の少なくなった校舎。その中でも特定の生徒しか寄り付かない生徒会室で、私は手塚と2人きり。
「お願い、わかって」
必死にそうは言ってみても、彼は静かに首を横に振った。
「駄目だ、名字。俺にはお前が必要なんだ」
「あのね…、」
絡み合う視線を外して、私は手を振り解こうと腕を動かす。
「私は帰ってドラマの再放送を見たいの!」
まったく。手塚と見つめ合っている場合ではないのに。
「そんな理由で生徒会役員の仕事を放棄するのは許さん。お前はこの量を俺1人に押し付ける気か?」
「他の役員は?サボり?私もサボりたいーっ!」
「期限は明日だ。手分けしてやるぞ」
「私の話聞こう?しがない一生徒の言葉にも耳を傾けよう?」
「頼んだぞ」
無理矢理私を椅子に座らせると、彼は鬼畜な量の資料を渡してきた。
「コレを今日中でまとめろって?斬新なジョークだね笑えないもん」
「仕方ないだろう、急だったんだ」
「ふーざーけー。超ふーざーけー。サボった連中明日リンチして良い?」
「怪我させるのは止めろ。グラウンド50周は走らせる気でいるが」
「あーあ、うちの会計は帰宅部なのに」
可哀想だとは、思わないが。
「おー暗ーいっ!怖ーいっ!」
「騒ぐな。響くだろう」
どっぷり。時間的には案外早く終わったが、外はすっかり暗くて。改めて日の短さを実感する。
「じゃ手塚、気を付けて帰るんだよ」
ぱしっ。手を掴まれた。
あれ、なんか最近似たようなやり取りがあったな。
「…帰さない」
ぎゅう…手に力が込められて、さっきは生徒会室から私を逃がさないためだったけど、今回は何もないはずで。
え、帰さないってどういう意味で?…と無駄に心拍数上昇。
「私帰って見たいドラマが…、」
「お前は本当にドラマが好きだな」
「だって、」
「こんな時間に1人で帰すわけがないだろう。何かあったらどうするんだ」
「そーいう意味か!」
無駄にドキドキした私の緊張感を返せ!いや私が勝手に勘違いしただけですけどね!
「まぁ、本当に帰さなくても良いんだがな」
「へっ?!」
私の手を引きながらあっさりとそんなことを言われた。
「送り狼という手段もある」
「………」
ヤバい、彼はきっと働き過ぎだそうに違いない。完璧みたいな手塚にだって疲労は溜まるに決まってる。明日の生徒会の仕事は全て私が引き受けようと決心した。
明日、私が無事ならば。