午前0時のエスケープ
鐘の音が鳴ったら魔法が解ける?
一夜の逢瀬を楽しんで引き下がるなんて、私に言わせれば愛情不足。
せっかくのチャンス。もう会えないかもしれない人に、ガラスの靴だけを残したって違う誰か履いてしまうかもしれないのに。
現実はそうでしょ?御伽噺みたいに優しくない。“幸せに暮らしました”って、奇跡的なハッピーエンドを掴めるなんて、それこそシンデレラストーリー。絵本に夢を見続ける、王子様を待つだけの私は…もう居ないの。
「…と、いうワケで貴方を攫いに来てしまいました」
「随分アクティブなお姫様やな」
合宿…と言っても、引退前の送る会みたいなモノ。引き継ぎとか、最後にこのメンバーでの部活のシメとして…と魔女であるオサムちゃんを唆したのは私。財前や金ちゃんだって乗り気だったし、先輩達も楽しんでるみたいだから問題は無いハズ。
けど、明日になれば先輩達は…白石先輩は、部活を引退してしまう。
頭も良いし、全国にも行ったテニス部の部長である彼は他の先輩達と違って受験なんか簡単にこなしてしまうだろうから、部活に顔を出してくれるとは思う。
(だけど、それじゃ…嫌)
貴方と距離を感じることに、私は耐えられそうにない。
貴方が来てくれると信じるなんて、受け身なお姫様じゃないから。
「なんや、ガラスの靴でも置いてったならちゃんと探してやったのに」
PM11:56…デジタルの時計に表示されている文字が目に入った。消灯時間は12時で、中学生にしては多目に見てくれたのはオサムちゃんの性格だと思う。
「不確かなものに頼るのは私の主義に反します。それより白石先輩、私…」
貴方のことが好きなんです。その言葉は、彼の口によって塞がれる。
「格好良いお姫様もええと思うけどな、やっぱり王子様にも見せ場が必要だと思わへん?」
茫然とする私を抱き締めて、白石先輩は言う。
「好きやで。せやから、俺に攫われとき」
するりと抱き上げられて、戸惑う私を気にもせずに部屋を出る。
何処に行くかなんて分からないし、興味も無い。貴方が行く先なら、何処だって構わないから。
「俺、思うんやけどな…」
「なんですか?」
熱くなった頬に夜風が気持ち良い。相変わらずお姫様抱っこで運ばれいるから、壊れそうなぐらいに心臓が五月蝿いのだけど。
「ガラスの靴なんかで探すぐらいなら、最初から全力で追いかけるべきやって。逃げられるなんて、俺から言わせれば愛情不足やな」
「………」
「そんなわけやから、逃がさへんで?」
「大丈夫です。魔法が解けても、離れる気はありませんから」
そう言って、もう1度重なる唇から幸福が胸へと広がっていく。
「さて、もう消灯時間は過ぎたやろな」
「オサムちゃんが見回りするんじゃないですか?」
あんなんでも、一応は教師だ。教職はまっとうするだろう。
「せやなぁ。なら早速、愛の逃避行と行こか?」
それの答えは、必要無い。
……………
素敵企画『板挟み』提出