君が居ないと駄目な理由
「名前〜っ!」
“爽やかで優しくて男前”?
まったく、一体そんな男がどこにいるんだか。
バスケ部の合宿から戻って来て私を出迎えたのは、大して可愛くもない構ってちゃんへと進化した(退化…?)私の彼氏・白石蔵ノ介。
「会えなくて寂しかったで!もう絶対に離さへんからな!」
「早速離れて欲しいんだけど、私疲れてるよ?」
「名前が居らへん間1人でホンマに寂しかったんやからな!良い子良い子したってや!」
「謙也ー、患者が居るよー」
「他の男の名前呼ばんといて!名前には俺だけでええねん!」
「誰だよ蔵に酒飲ませたの!」
コイツいつからこんなに面倒な奴になったんだと謙也を睨めば、彼は酷く疲れた顔をしていた。
「もう嫌や。名前、後は頼んだで」
「うわぁ謙也が超げっそりしてる」
「あ、名前先輩ようやっと帰って来たんスか」
「財前…疲れてる?」
「俺、生まれて初めてアンタの偉大さを痛感しましたわ」
私にぎゅっと正面から抱きついてくる蔵のことを指差しながら、前に見た時よりもやつれ気味な後輩は言った。
「ホント合宿とか2度と行かんで下さい。俺らの身が保たないッスわ」
財前のこんな切実な表情を見たのは初めてだ。原因であろう髪に鼻をうずめる男の頭を撫でながら尋ねる。
「蔵、何したの?」
「ん?名前の蔵リンはええ子にしとったでー?………なぁ、財前?」
「ッス、」
擦りよりながら甘えた声。ただし台詞の後半で声のトーンが下がったのは聞かなかったことにする。
「んんー、ええ匂い。やっぱ名前やないとアカン。頼むからもう離れんでな?」
「いや、あの私バスケ部のですね…」
「離れんでな?」
あ、駄目だコイツ。目がマジだもん怖いよ恋人に向ける目じゃなかったよ私なんでコイツと付き合ってるんだろう。
まぁこの合宿中あまりの疲労に連絡もほとんど取り合ってなかったから、私も悪いのだけど。
「よしよし」
柔らかい髪を撫でてやれば、気持ち良さげに目を細められた。ちょっと猫みたい。
「名前、好きやで」
「うん知ってる」
「愛しとる」
「うん」
「押し倒してええ?」
「ふざけんな」
ぐわっと飛びかかるのを何とか避ける。こちらは疲れていると言ったのが聞こえていなかったらしい。
「俺はこないな寂しい思いしとったのに!甘やかしてくれたってええやん!」
可愛くないぞ中学生。
「はぁ」
溜め息1つ。本当にこちらは疲れているというのに、この男は。
「?」
するりと腕を伸ばして、蔵に押し倒すみたいに抱きついた。
「疲れた。甘えさせろ」
何度も言うが私は、疲れている。なのになんで私が甘やかす側なのか。おかしい。
「名前!かわええ!」
ふわり。うん、この優しく抱き締めてくれる腕の中が、私は好きなのだ。
「うんっと甘やかしたるからな!」
「いや別に要らない。このままで良い」
「めっちゃ幸せやー」
暖かい体温に身を任せて、私は目を閉じる。
上機嫌な蔵に対して謙也と財前がこれで地獄から解放が云々と言ってたから、あとで小春ちゃんに詳しく訊いてみよう。
「お前、テニス部のマネにならへん?」
「あの、私バスケ部の副部長なんですけど」
「いやバスケ部でもええから合宿とか大会で留守にすんの止めてくれ」
「あの、私バスケ部のエースなんですけど」
「姉ちゃんホンマ白石から離れんで!ワイはもうあないな白石嫌や!」
結局、小春ちゃんは蔵が何をしたか口止めされたからと教えてくれなかったけど。
後日、謙也・一氏・金ちゃんに本気でそう頼まれた。