私はとても幸福です。
他人は、私を哀れんだりするけど。
「名前、」
「んー」
例えば、あなたが中庭の木の下にいる私の元に来てくれたりとか。
「診察ではなかったのか?」
「そうなんだけどね」
膝の上の本には、可愛い花の押し花のしおり。木漏れ日がきらきらしていて、穏やかな風が吹く午後1時。
「もう少し、居たい」
「そうか」
そう言ってあなたは私のすぐ横に腰掛けるから、その肩に頭を寄りかける。
大きくて頼りがいのある、優しい指がゆっくりと髪を撫でて、私は瞳を閉じた。
「昨日ね、海の絵を見たの。月に照らされた、綺麗な絵。幸村君が持って来てくれた画集で…」
私は、本物を見ることが出来ないから。彼や彼らは様々な物を持って来てくれる。絵や写真、ゲームに本…それから優勝杯とか。
「名前ちゃん、そろそろ診察に行かないと…」
そんな時、担当の看護師さんが少し困り顔で呼びに来た。
「えー、せっかく弦一郎が来てるのに」
「名前、困らせてはいかんだろう。それに俺はまだ帰ったりせん」
「本当に?」
「あぁ、今日は柳も来ると言っていたしな」
「やった!本の続きだきっと」
柳君は、面白い本を沢山持ってるから。さっきまで読んでいたのだって、彼から借りたものだ。
「弦一郎、お願い」
「あぁ」
最初のうちは看護師さんも車椅子を用意してくれたけど、彼らが見舞いに来るようになってから、それは無くなった。
弦一郎は両脚の無い私の体を、軽々と抱き上げる。
「私ね、」
「なんだ?」
診察室に向かいながら、彼の体温に身を任せる。
「毎日神様にお願いしてるんだ」
「………」
「まだ、殺さないでって」
ぎゅっと、抱き締める力が少しだけ強くなった。
「あと少し、ううん、出来るだけみんなと、弦一郎と居たいから」
他人は、私を哀れんだりする。
生まれた時から、成人する前に命が尽きると言われていたから。
生まれた時から、誰もが持っている脚を持っていなかったから。
けど…、
「大丈夫だ」
「………」
「海を見に行くのだろう?それから、試合も」
「うん。絶対に」
彼らは言った。
生きてる限り、誰もがいつ死ぬのか分からないのだと。生きるか死ぬかは四六時中2分の1の確率だと。
脚が無くても、代わりになると。歩けなくてもどこにだって連れて行くと。
「弦一郎、私、まだそばにいたい」
「なら、好きなだけいれば良い」
神様、どうか。
まだ、私を。
愛しい人の傍に、居させて。
それだけで私はとても幸せだから。