雑。嬉しいけれど。



「残念だったね?」


廊下ですれ違った不二は、いつもと変わらない調子でそう言った。


「…仕方ないだろう」


溜め息をつきたい衝動を堪え、そう返す。

仕方のないことだ。最近は急に寒くなって。元から季節の変わり目なんかにはよく体調を崩す彼女がよりによって自分の生まれた日に休んでしまうのは。
だから、日付が変わったと同時に可愛らしいお祝いのメールが来ただけで十分。


「偶にはそんな時もある」


拗ねた子供が自らを無理に納得させるそれによく似た調子で彼は言う。…そんな手塚に、不二は「僕より言って欲しい人がいるだろうけど」と前置きしてから笑った。


「ハッピーバースデー、手塚」















誕生日だからと急激に何かが変わるわけではない。
変わるとしたら友人から祝われるぐらいで、誕生日だから生徒会の仕事が無くなる筈もない。


「………」


区切りの良い場所で一息ついて生徒会室の…教室よりは少し良い椅子の背もたれに背を預けた。


気にならないと言えば、嘘になるけれど。仕方のないことだと、無理矢理納得する。


そんな時。
ノックも無しに生徒会室の扉が開いて、誰か他の役員だろうと思っていたら。


「やほ」


「名前?!」


額に冷却シートを貼り、マスクをした如何にも風邪ですといった状態で休みの筈である名前は姿を現した。

取り敢えず駆け寄って、ふらつく体を支えてソファに座らせる。


「体調が悪いのだから、大人しく家に…」


言葉を遮るようにするりと腕に抱きつかれ、肩に額が置かれた。


「…ん、」


「これは」


そして渡されたのは、小さな箱。


「はっぴーばーすでー」


「熱があるのにわざわざ学校まで来て渡すものでもないだろう」


「黙ればか。彼氏の誕生日の為に気合いで登校して来た彼女を少しは労いなさい」


「…はぁ」


「だって不二から手塚が拗ねてるってメール来てたし。その前から今日は来る気だったけど」


「………」


何と返すべきか迷っていると、肩に乗せられていた頭が落ちる。
崩れた体勢を抱きかかえてやれば、熱い体。


「取り敢えず保健室に…」


「いーや。どうせこのあと病院だから、」


コツンと額と額がぶつかる。


「もうちょっと、このままで」


潤んだ瞳を閉じて、少しだけ乱れた息。
左腕で体を支えたまま右手を頬に伸ばして、マスクを下ろす。


「あ、冷たい…」


彼女とは逆に紅潮した頬は熱く、指先がじんわりとしてきた。


「…、」


「!」


触れるだけのキスに名前は目を見張ったけれど、すぐに苦笑された。


「移っても知らない」


「これも貰っておこう」


どうぞ、と返して彼女は全身を預けてくる。そのいつもより熱い体温を抱き締めながら、亜麻色の髪を一房だけ梳いた。


「来年は、」


ぎゅっと抱きついくるのが可愛らしい。


「風邪、ひかないよう頑張る」


「そうか」


汗ばんだ額にキスを落とせば、ふわりと名前は笑う。










ハッピーバースデー、国光。














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