lack lack




 またやっちまった。ああクソ。


「、‥‥っあーあ‥‥」


 わざとなんでもないような声を出してみる。左肩の傷に響くが、動けないことはない。息だってできてる。うん、大丈夫だまだいける。目が少し霞むのだって、爆煙のせいだ。そう、言い聞かせる。
 自分の血に塗れた鉄の矢を投げ捨てた。


「やっすい罠なんか仕掛けやがって」


 カン、と軽いんだか重いんだかわからない音をさせて枝にぶつかった矢は、遥か下の繁みに消えた。


「オイラの芸術をおがませてやる‥‥うん」


 ───くだらねぇ。
 昨日のサソリの言葉が、耳の奥にまだ居座っている。デイダラは口を引き結んだ。
 そして旦那に認めさせてやるぜ、オイラの芸術を‥‥!
 ズクズクとしつこく痛む左肩を押さえながら、先ほど練っておいた起爆粘土を左手で辛うじて放る。印を組んでチャクラを込め、巨大化した梟型起爆粘土の背に飛び乗った。膝をつきたくなるのを抑えて、敵の消えた先を睨みつける。


「デイダラ!」


 さっきまでいた枝よりも更に下から突然飛んできた怒声に、振り返ると地面を見おろす。ヒルコに入ったままのサソリがこちらを見上げていた。構造的に無理があるのかこちらを見上げきれてはいなかったが。


「先走ってんじゃねぇぞ!」

「旦那がとろいだけだろ‥‥うん」


 聞こえないように小さく呟いた。
 防御力が高いヒルコは、しかしその甲羅のせいで機動性が悪い。待ち伏せや防衛には持って来いなのだが、今回のような追跡には向いていない。それでもヒルコから出ようとしないのは、サソリの自信なのか、慢心なのか。
 ───残らねぇもんになんの意味がある?
 昨日の言葉が、また耳の奥で暴れている。見慣れた姿にすら苛立つ。


「降りてこい!」

「、‥‥‥」


 うるせぇ。傷に響く。
 溜息をついて、これ以上煩くならないうちにと右手だけで印を組む。ゆっくりと、敢えてゆっくりと、サソリの左側に降り立った。でも粘土からは降りない。怪我に気付かれたらまた厄介だ。
 粘土に垂れた血を踏みにじる。


「敵は?」

「‥‥まだ近くにいるはずだぜ。オイラたちを殺すとかほざいてたからな‥‥うん」


 わざとらしく溜息をつかれて眉が跳ねる。確かに逃げられたのは自分のせいではあるのだが。
 左腕を伝い指先まで濡らす血を、服の黒い部分に擦り付けつつ、口を尖らせた。


「旦那は手ぇ出すなよ。オイラの獲物だ」

「‥‥‥デイダラ、降りてこい」


 鋭い視線が身体を刺した。
 左肩はそんなに見えてないはずだ。傷が見えないよう気をつけながら平静を装うが、言葉は咄嗟に出てこなかった。
 いつの間にか伸ばされたヒルコの尾がゆらりと揺れ始めている。機嫌がまた、悪くなっている。


「デイダラ」

「なんでだよ」

「‥‥‥」

「オイラはもういく。敵を追わねぇと、っ!」


 印を組むその前に、ヒルコの尾が体に巻きついた。腕ごと捕らえられ、かつ持ち上げられるせいで、肩の傷に負荷がかかる。顔が歪んだ。
 だが下手な抵抗はできない。もしもこの尾が傷口に触れたり、身体に傷を負わされたりしたら毒が回る。血の気が引いた。


「っおい旦那! 危ねぇだろ!」


 足をばたつかせることもできず、それだけを訴えると唐突に尾は緩んだ。サソリのすぐそばに足から下ろされたが、上手く立てずに膝をつく。その衝撃にも傷が痛んで、つい左肩を押さえてしまった。


「やっぱ怪我してやがったか」


 サソリは鼻を鳴らすと更に距離を詰めてくる。


「見せてみろ」

「いい」

「デイダラ」

「平気だっ‥‥!」


 肩から手を離すと、足に力を入れて立ち上がる。すぐに梟型粘土に向かって足を進めた。後ろから舌打ちが聞こえたが、無視をする。
 ここで手を借りたりしたら、またオイラの芸術を認めさせられねぇ。
 梟型粘土に飛び乗ると、また左肩の傷に響いた。さっきみたいに肩を抑えることはしなかったが、眉間に力が入ってしまう。


「勝手にしろ」


 聞こえた声に目線を落とすと、ヒルコがずるずると歩み出しているのが見えた。
 言われなくても勝手にするぞ、うん。
 チャクラを練り上げ梟型粘土を飛翔させる。


「オレも勝手にするぜ」


 耳元を掠ったその言葉に違和感を覚えて、じっとサソリを見つめた。みるみる小さくなっていくヒルコの背中は、しかしすぐに枝葉に隠れて見えなくなる。
 いやそれよりも、早く敵を倒すんだ。時間をおけばおく程、トラップの得意な相手が有利になる。


「くそっ‥‥!」


 ギリギリと奥歯を噛み締め、デイダラは梟型起爆粘土を急がせた。








   ◇◇ ◇ ◇ ◇








『なんでわかんねぇんだよ!』

『‥‥第一、せっかく作ったもんを爆発させる意味がわからねぇ』

『だから!』

『一瞬の美、だろ』

『っそうだ! あの爆発するまでの一瞬にオイラの芸術が詰まってんだ! そして爆発する!』

『くだらねぇ』

『っ、』

『残らねぇもんになんの意味がある?』

『‥‥違う。そうじゃねぇ。そういうことじゃねぇんだよオイラの芸術は!』

『なら何がどう違うのか言ってみろ』

『それは、‥‥‥』

『‥‥‥』

『っもういい!』






「────あれだな


 昨夜の任務帰りでのやり取りを頭に思い浮かべて、サソリは溜息をついた。


 デイダラの機嫌はその時から目に見えて悪くなった。加えて今日の無茶といい、まず間違いはないだろう。


「餓鬼が」


 意地になりやがって。
 すっかり静かになった森の中、サソリはちらりと、あの幼い相方が消えた方向を見やる。見事な枝葉が繁るばかりで、もうその姿は見えない。枝から枝へ、チャクラ糸を駆使しての移動ざまに、傍らの若い枝葉をヒルコの尾で薙ぎ払った。ぶちまけられる葉を尻目に先を急ぐ。 そんな風に先走るから、逃がした上に怪我まで負わされるんだ。


「チッ」


 こんなことで気を散らしてる場合じゃねぇ。
 意識を集中して、左手の小指から放出しているチャクラ糸の気配を辿る。幸い標的につけたチャクラ糸はまだ気付かれていない。このまま行けば肉眼で探しているデイダラよりも早く見つけられるだろう。そしてさっさと片を付ける。
 このまま無茶をさせたらまたどんな怪我をするかわかったものじゃない。面倒が増えるのはごめんだ。
 そう考えた所で、視認できるまで標的へ近付いた事に気付く。移動を止めて咄嗟に身を隠した。枝葉の影から様子を窺う。敵は枝の上でただしゃがんでいるように見えた。休息しているのか、それとも罠を仕掛けているのか。
 さて、これからどうする。どっかの馬鹿のように不用意に近寄るつもりはない。


「‥‥‥‥あの手を使うか」


 背から巻物を一本取り出すと印を組み、傀儡を一体ヒルコの隣へ口寄せた。すぐにチャクラ糸を繋げると、動作を確認する。
 手足、特に指がうまく動く事を確認すると、敵の元へと向かわせた。気取られないように、敵よりさらに高い樹上を進行させる。
 口寄せしたのは、戦闘能力は低いが機動力が高く、そして特別な絡繰りを持つ傀儡だ。術者自身を口寄せできるという代物で、しかもヒルコごと口寄せさせる事も可能。口寄せに特化した忍で造った人傀儡だからこそできる芸当だ。
 にやりとサソリは笑んだ。罠がない事を確認したら、ヒルコですぐさま終わらせてやる。


「見つけたぞ! うん!」


 もう敵に攻撃を仕掛けられる距離まで傀儡が近付けた所で、響き渡った声に目を見開いた。
 あの餓鬼がこういう時に限って!
 一瞬カッとなるが、敵の心底驚いたような表情に思考を切り換えた。敵がデイダラに気を取られている内にと素早く指を動かす。敵が立っている枝に傀儡を降り立たせた。



「っ今度は傀儡か!」

「! クソっ、先にしとめるのはオイラだ!」


 うるせぇ。
 頭上からまた響く声を無視して傀儡に印を組ませる。もう口寄せの印が組み終わろうというその瞬間、白い固まりが敵に、いや、傀儡に向かって飛んでいった。


「なっ」


 起爆粘土だ。結局それは傀儡に直撃し爆発。
 ふざけんじゃねぇぞ!
 思わず見上げた先のデイダラは、けれど梟型粘土の影で見えない。




「チィッ」


 爆発に巻き込まれた敵は吹き飛ばされたものの、あまりダメージは受けていないらしい。すぐに体を起こしている。
 仕方ねぇ。チャクラ糸でまた無理やりヒルコを移動させながら、さらにもう一体傀儡を口寄せした。今度は捕獲型だ。先行させ、足留めさせる。
 敵が立ち上がった。間に合うか。
 そんな焦りはしかし杞憂だった。打ち所が悪かったのか、敵がよろめく。その隙に捕獲型の腹を割り開き四肢の関節も外して、敵を絡め捕った。だが、スピード重視のあの傀儡ではすぐに息の根を止められない。重量を軽くするために刃物をつけていないからだ。


「チクショッ‥‥!」


 十数秒遅れて追い付いた自分に気づいて敵が歯噛みする。いや、さらに手を動かして、印を組もうとしてるのか。だがもうこれ以上時間をかけはしない。


「少し遅かったな」


 ヒルコの尾を伸ばし、その喉笛を貫いた。引き抜くと途端に血飛沫が上がる。派手に吹き上がったそれは、暁の服やヒルコはもちろん敵を縛り上げている傀儡にも、べっとりとその赤い色を塗り付けた。
 ああ、傀儡をしまってから抜けばよかったな。血糊の処理が面倒だ。


「じゃねぇ。おいデイダラ! てめぇこのクソ餓鬼が! 降りてきやがれ! 聞こえてんのか!」


 振り返って叫べば、梟型の起爆粘土はゆっくりと降りてくる。その羽撃きは力なく、ぎこちない。よろよろと降りてきたかと思えば、最後には墜落するように地に降りた。
 僅かに上がった土煙の向こう、デイダラはその鳥の背に這いつくばるように伏せていた。舌を打って目を眇める。捕獲型をすぐに巻物に収めるとその傍まで近寄って、血塗れの尾でその体をすくい上げた。目の前まで引き寄せる。


「だから、っあぶねぇ、だんな」


 息も絶え絶え、といった言葉は鼻で笑って切り捨てる。てめぇを傷つけずに動かすぐらいの芸当が、できねぇ訳がねぇだろ。
 ヒルコの頭部の下、首の辺りをこじ開けて己の手を突き出した。そのままその暁の外套を広げて左肩を露わにさせる。矢傷の血は、まだ止まりきっていない。が、そこまで酷い傷でもない。
 つかなんでまだ傷が剥き出しなんだ。思わずその頭を殴りつけた。


「ってぇな」

「応急処置って言葉を知らねぇのかてめぇは。それとも失血死の方か?」


 言う間にデイダラの服の左袖を、クナイで肩口から切り取る。どうせこれだけ血に濡れたら使い物にならない。
 袖を縫い目に沿って裂いて一枚の布にしたら、裂け目に沿って四分の一を切り取った。


「それくらい、知って、」

「ならてめぇは死にてぇのか」

「そんなこと、‥‥」


 それを正方形に近い形になるまで折り畳み、傷口に押し当てる。


「っつ」

「てめぇで押さえろ



 しっかり押さえるのを確認したら、残りの布をまた裂け目に沿いながら四センチ程残して交互に裂け目を二つ入れた。それを包帯代わりに当てた布ごと傷を覆う。


「キツいし、痛いって‥‥うん」

「止血だからな。これくらいで文句言ってんじゃねぇクソ餓鬼」


 さて、これからどうしてくれようか。大事なコレクションをぶっ壊された上この面倒。もういっそこのまま見捨てていってやろうか。
 そうすれば、じわじわ弱って死ぬ事だろう。


「だんな」


 ちらりと視線だけを向けてやる。顔色は随分青い。このまま放っておけば、もって丸一日といったところだろう。


「その、わるい。傀儡、こわして‥‥うん」

「‥‥‥、そもそもな! 、てめぇがくだらねぇ意地張るからこうなったってわかってんのか。下忍じゃねぇんだ、それくらいの状況判断できるだろうが!」

「それは、‥‥」

「なんだ」

「‥‥‥‥‥」


 だからどうしてそこで黙る。
 ただ目を伏せる様子にまた苛立ちが募る。が、反省をしているらしい事はわかった。
 ここで反抗的になってくれたら、今すぐにでも置いていってやるのに。思わず溜息をつく。
 医療忍術は使わずに、街で治療させるか。痛みが続けば今日の失敗をそうは忘れないだろう。


「反省してるなら、これからは常に冷静でいろ。でもってくだらねぇ怪我はするな」

「え、ああ、」

「怪我するな、ってのは最低限のことだ。わかってるか」

「‥‥わかった‥‥うん」


 本当にわかってんのかこいつは。
 ゆるい返事にまた苛々としたが、もういい。こうして意識があるのが不思議なくらいだ。これ以上の問答は時間の無駄でしかない。
 治療させるなら急がないと本当に死んでしまう。腹の虫を収めるのは、こいつの治療が済んでからでいい。
 腕をヒルコの中へ引っ込めると、尾を操りデイダラを背に乗せた。


「しばらくは我慢しろ」


 ずるりとヒルコを進ませる。近くの街までそう離れてはいないから、どうにかなるだろう。と、すぐに返事が返ってこない事に気づいた。


「デイダラ?」


 やはり返事はない。進む度に少しずつずり落ちていく体を、またヒルコの尾で傷に響かないよう抱え直して息をつく。
 ああ、やっと気を失ったか。これでこいつが無駄な体力を使うこともない。
 風が吹き、頭上高くで枝葉が揺れる。それを聞きながら行く先に目を凝らしてみるが、森の終わりはまだ見えない。今度は溜息をつく。
 しばらく、といっても二、三日だが、任務もない。街に着いたら取り敢えず適当な医者に預けて、すぐに引き返して壊された傀儡を回収しねぇとな。ほかに報告と食料と‥‥ああ面倒くせぇ。


「次はねぇからな」


 金髪が揺れて風が吹く。ざわざわ鳴る梢の音に、また溜息を混ぜたくなるのを堪えて、サソリは手を動かした。ひたすらに、街を目指して黙々と。
 まったく、しょうがねぇ餓鬼だ。








END




月魄のgloria/夏氷様より戴きました



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