未だ鉛色の空は 地上を相変わらず濡らし続けている。



サソリは永良と角都を見た後 視線を目の前の楓に移した。


楓もじっとヒルコを見据えている。冷たい目。

サソリはヒルコの中で眉をひそめた。




「楓、あまり時間をかけるな。そっちが終わったら向こうの後始末に行ってくれ」


『……』

その言葉の直後、楓の目が変わった。

光の無い瞳が一瞬にして凍りつき、その奥には青い炎がゆらゆらと燃え盛っていた。

標的に狙いを定めた狩人のそれだ。




『……角都、』

サソリはチラと角都を見た。

「……あぁ、頼む」



それを合図に二人はその場から姿を消した。




「…やっとお前と一対一で戦れるな、角都よ」


「あぁ、邪魔が入らん方がよかろう」


互いに視線を交え一歩近付く。





二人の運命を悟るかのように
空は哀しみに濡れた雨を降らせ続けた。














少し離れた場所に身を移した二人は互いの距離を測る。



─こいつは幻術遣いのようだが…


サソリは別の何かを感じ取っていた。同類とも呼べる共鳴を。



刹那、金色の蝶が数匹 視界の中を舞い始めた。

金粉を振り撒きながらヒルコの回りをヒラヒラと浮遊する。

サソリは尾をゆらゆらと揺らしながら静かに戦闘体勢に入った。





「……お前には、嗅覚が無いのだな」


初めて楓が言葉を発した。



『……だったらどうした、餓鬼…』


どうやらこいつは視覚と嗅覚で対象を幻術に嵌めるタイプのようだ。残念だったな…

それにしても何故自分はこんなに子供と縁があるのだ…


サソリは脳裏に浮かんだ金髪の子供と楓を重ね舌打ちした。



─餓鬼は嫌いだ


我が儘で煩い。そしてすぐに泣く。自己主張を譲らない。大概どんな子供もそんなもんだ。


だが楓からはそんな子供らしさなど微塵も感じない。奴との決定的な違いは「熱」だった。

あいつは特別ウザかったが、確かな熱があった。目が輝いていた。


しかし目の前のこいつからは全く温度を感じ取れない。まるで昔の自分のようだった。




そんな事を考えていた己の思考を呪った。


『……!な、んだ、』


四方八方から濁音が鳴り響く。小規模な土砂崩れのような不快音が耳の回りを這い回っている。

サソリは神経を集中させ状況を関知すると、自分を覆うヒルコがボロボロと音を立て徐々に崩れ始めていることが判明した。



「─腐植連鎖─」


そう呟いた楓は小さな手で印を組み続けていた。


何故気付かなかったのか。

そして一体何が起こっているのか─


乱思考の最中もみるみるうちに外壁が崩壊していく。


突如、サソリの目が細められる。

暗闇のヒルコの中に外の光が射した。



『…チィッ』



舌打ちと同時に、あれほど頑丈である筈のヒルコが無惨に崩壊した。







「やっと出た」






土煙の舞う中、今までの厳ついそれとは違う小柄な影が浮かび上がる。

崩れ落ちた傀儡の傍らに立つその影は 赤い髪を靡かせ黒い外套を纏っていた。


それを目視した楓は尚も無表情にサソリを見ている。





『……てめぇ、何をした…』


こちらも無表情であることには変わり無いが、怒気を含んだ眼差しで楓を睨む。





「我は土中の微生物から腐植土を作り出すことができる。どんな強硬な物質も微生物の分解によって土に還るのだ」



およそ子供とは思えぬ言葉を操り楓は静かに口を開いた。


─ヒルコの強度は関係ない、か




今までにこんな局面があっただろうか。
ヒルコに改良を加えてからも 敵に引きずり出される事など只の一度も無かった。


─微生物


傀儡師であるサソリは極小単位の調整や操作は行うが、バクテリア級の戦法の敵を相手にしたのは初めてだった。



(細胞組織から破壊されるんじゃ迂闊に近づけねぇな…)



サソリは一旦分析に思考を切り替えた。

相手がどの程度己の情報を持っているのかは未知だが、もう既に手加減などする必要は無い。


時間をかけるなと言われた以上、向こうも無駄な事はしない筈だ。
恐らくすぐにケリを付ける算段なのだろう。


まったく、言ってくれるぜ─



サソリは一度ゆっくりと瞬きをすると、懐から巻物を取り出した。



─ククッ、時間をかけたくないのは、俺も同じだからな






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2012.7.26
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