既に日は沈み、遠くの空で烏が鳴いているというのに 一向にデイダラは集合場所に現れない。


―チッ、何してんだアイツは



サソリの性格を知っている為か 最近ではここまで待たされることは無かった。


デイダラに任せた敵は中忍クラスの忍だった為、手こずる理由も無いはずだ。


『はぁ…』


だが何だか落ち着かない。辺りの木々のざわめきが無性に耳障りだった。












薄れ行く意識の中 デイダラは地に伏し忍の両足を眺めていた。


(この手さえ動けばこいつなんか―)


しかし折れた両手はびくともせず、真横に位置する腰のポーチにすら触れることはできなかった。



「フハハ…どうした、俺を芸術にするんじゃなかったのか?」


必死で顔を上げて睨むと、男はデイダラを嘲笑うかのような笑みで見下ろしていた。


「下らん信念のせいで命を落とすとは益々馬鹿な奴だな。」

「くっ――、、」


激しく腹が立つのだが、もはや反論する体力すら残されていなかった。


「どうだ?そろそろ痺れ薬が全身に回ってきた頃だろう。お前の足はもう動かない…フハハ、その前にその全身打撲では既に動けないだろうが」



(あぁ、まずいなこりゃ…サソリの旦那、怒ってるだろうな…)


目の前に転がる鳥型の起爆粘土がぼんやりと視界に入る。

これを爆発させれば奴を仕留められる。自分もろとも芸術にできる―


そう思い手を伸ばすが、やはり身体は動いてはくれなかった。


激痛だった両足の痺れが腹を登り脳まで到達したようだ。酷く眠い。
ここ最近任務続きでちゃんと睡眠とってなかったしな…。
それもこれも疲れ知らずの相方のせいだ。

目が覚めたら絶対に文句を言ってやろう…


そう心に決め デイダラは意識を落とした。




「ふん、こんな訳のわからん物体のどこが芸術なんだ。まぁいい、真の芸術家は死んでから賞賛されるってのがお決まりだからな。」


そう言って男は足元の粘土の塊を踏みにじった。


「とどめだ。」




『………おい』


急に声がした。

すると前方から異形な姿のでかい男がズルズルと体を引きずりながら近づいてきていた。


「お前は誰だ」


今にもデイダラの喉元を切り裂こうとしていた手を止め、男はサソリを見た。



『見りゃわかんだろ、』

成る程、同じ外套を纏っている。


「今いいところなんだ…邪魔するな。次はお前の番だから待ってろ。」


男はさも愉しげにクナイを握り直した。

『お前…暗部だったのか…』


サソリは男の腰にぶら下がる面を見て理解した。
大方雑魚だと甘く見たデイダラが油断したのだ…自業自得だが。


しかし、サソリの目には静かに怒りが滲み出ている。その威圧は尋常ではなかった。


「…なんだ、何ならお前から先に消してやろうか?」




『…てめぇは今ここで死ぬ』


「――!?!?」


あまりに一瞬であった。


男の腹部はヒルコの尾により深々と貫かれ、その身体は天高く持ち上げられ既に事切れていた。腰の面が割れ カラン、と辺りに響く。




『…確かにこいつの芸術論は下らねぇ。だが、どんなものでもその手により生み出したものには魂が宿る。そいつを汚す事だけは俺が赦さねぇ…』




足元の粘土を拾い上げ 誰に言う訳でもなく サソリは静かに呟いた。













何だか酷く身体がだるい。おまけに全身もれなく激痛だ。

「っ………!」


デイダラはゆっくりと瞼をあけた。



あれ…此処はどこだ。見たことの無い部屋の景色が目に映る。

しかも最近ご無沙汰だった布団の感触を背中に感じていた。




『てめぇがドジなせいで余計な金を遣う羽目になった。』


するとすぐ横から相方本体の声が聞こえた。



……どうやら自分はあの後意識を失いサソリに助けられ、あげくその治療の為に宿に身を置いている、という状況のようだ。



「あぁ…悪ぃな、旦那…」
何だか情けない気持ちになり視線を天井に戻す。



『両腕は複雑骨折、身体は全身打撲の内出血に両足は麻酔毒により半身麻痺…一体どうサボるとこんなに喰らえるのか説明してもらおうか』


―あぁ…なかなかに自分は重症のようだ。


怒りではなく、半ば呆れのような物言いでサソリはデイダラを横からじっと見つめる。


「別に、オイラはサボった訳じゃねぇ。」


ムッとしたデイダラは目を閉じて反論した。



『嘘をつけ。たかが中忍だと決めつけてナメてかかったんだろうが。相変わらずてめぇの嘘は下手くそだな、餓鬼』


「…うるせぇな、うん…」


もう言い返すのはやめた。


『そろそろ解毒薬が効いてくる頃だ。足、動かしてみろ。』


いきなり現実的な話に戻りデイダラは閉じていた目を開き、ぐっと右足に力を入れた。

僅かではあるが膝と股関節が正常に反応した。左も同様、痺れが回復しているのが実感できる。


流石サソリの解毒薬…こんな短時間で処置できる相方は本当に逸材だろうと思う。


『後三十分もすれば自分で歩けるようになる…そしたらまず風呂行け。』



……………は?

こんな時に風呂?







『…てめぇ自分の身体見てみろ。全身打撲だけならまだしもひでぇ切傷擦り傷だらけだろうが。』


そう言われてデイダラは改めて己の身なりを顧みた。

外套は既にサソリにより脱がされていたが、忍服はそれはもう無惨に切り裂かれ、そこから覗く肉体は斑に変色し 生々しい切傷が泥土と血で覆われていた。


『そんな泥だらけの汚ねぇ状態のまま放置すりゃ、傷口が炎症起こして明日にゃ高熱が出る。わかったらさっさと流しに行くぞ。』


「いやいやいや!!ちょっと待て旦那!」
デイダラは勢いを付けガバッと上体を布団から起こした。


『あ?何か文句でもあんのか…前にも言った筈だ。てめぇの身体なんざどうでもいいが任務に支障をきたすんじゃねぇよ…何度も同じ事を言わせるな』



サソリは苛立ちの眼差しを寄越してきたが…
「旦那も一緒に来るのか!?」


デイダラは先刻のサソリの言葉を聞き流さなかった。


途端に前方から殺気が放たれる。

『てめぇ俺を怒らせてぇのか…その手でどうやって洗うつもりだ。』


…ごもっとも。両腕とも添え木と共に、手首から肩まで包帯が巻かれている。
やはり骨折の為びくともしない。


『あんまり寝惚けた事ぬかすと本当に永久に眠らせてやるからな…さっさと立て。』
そう言ってサソリは部屋から出るとスタスタと風呂場へ向かっていった。


(え…マジで旦那と風呂なのか、)



漸く自分の足で立てるようになったデイダラは、戸惑いの念を振り切れぬままふらふらとした足取りでサソリの後を追った。






『ここへ立て。』風呂場に辿り着くとそこにはクナイを手にしたサソリが待っていた。

え、なに…?


特に危険は感じなかった為デイダラはよろよろと指示された場所へ立つと、無造作にびりびりと忍服を剥ぎ取られ始めた。

あらかた裂き終わり上半身が露になると―
「え、あっ、ちょ!!そこはいい!!うん!!」


当たり前のようにサソリが下履きに手を掛けてきたのをデイダラは全力で拒否した。


『あ?良くねぇだろ。てめぇは全身消毒しなきゃならねぇんだ、黙って言う通りにしろ。』


「ちょ!!旦那マジたんま!ホント、勘弁してくれ、うん!」


サソリの眼光が鋭くなる。

『いい加減にしろよデイダラ。てめぇの身体なんか糞餓鬼だった頃から見てきてんだよ、何度か風呂も入れてやっただろうが…今更何だ』


「いや、そうだけどよ…でも、」



サソリがじっとりと睨んでくる。

『もしかしてお前…恥ずかしいのか?―ククッ、いっちょ前に思春期かよデイダラ』

「!!ちっげーよ!そんなんじゃねぇ、うん!!」
(もう思春期とかいう年齢じゃねぇし逆にハズいわ…馬鹿旦那)


とにかくデイダラは全裸拒否の姿勢を崩さなかった為仕方なくサソリが折れた。


『ったくギャーギャー煩ぇちょん髷だなてめぇは。だったら手拭い巻いてやるからさっさと中に入れ。そろそろ殺すぞ』



サソリは強引に腰に手拭いを巻き付けてから一気に下履きを下ろしデイダラを浴場へと突き飛ばした。


「――ってぇな旦那!!もっと怪我人に優しくできねぇのかよ、うん!?」


『俺に優しさを求める事自体が問題だ。』

言い終わる前に思い切り湯をぶっかけた。


「っっっ――!!い、ぁぁぁあああああ!!いっってぇぇぇぇぇぇぇ!!」


小さな露天岩風呂にデイダラの悶絶声が響いた。


「旦―ぶるぁああ!!」

二発目が襲いかかる。


「――っ、は、…このやろう、」


だが表面の血泥は大方流れたようだ。



『そこ座れ』



言われた通りに子椅子に腰掛けて滲みる傷口に堪えていると、背後にサソリがしゃがんだ。



『痛くても我慢しろよ。一度でも叫んだら今夜の傀儡はお前だ』


…今夜のおかずは煮物だ、みたいなノリで言うのはやめて欲しい。


いい加減にするのはあんただ、うん。



すると熱い湯を含んだ手拭いがゆっくりとデイダラの背中を往復し始めた。


「ぅっ…く、」

別に傀儡にされるのが嫌だからではなく、ここはきちんと堪えるべきだろうと声を我慢する。
『次、こっち向け』


そう指示(命令)されデイダラはぐるりと向きを変えた。
互いに向き合う形で座り、サソリは一瞬デイダラの目をチラと見てから背中同様、首 胸 腹と器用に血泥を落としていく。


「……」

やはり何度見てもサソリは綺麗だった。


その目鼻立ちもそうだが、何とも言えない妖しげな魅力がある。これが作り物というからまた興味深い。不本意ながら、怪我をしたお陰でまた貴重な相方の本体を拝めた。



『お前…結構筋肉付いてたんだな』


急にサソリが口を開いた。


「え?あぁ、そうか?自分じゃよくわかんねぇな、うん。」

今までの自分の思考を悟られないように話を合わせる。


『何か妙に色気も出てきたようだしな…』

そう言ってサソリは口元を歪ませながら厭らしい視線でデイダラを隅々まで舐めるように見る。


「なっ――!!!色気って何だよ。てかジロジロ見んな!恥ずかしいわ、うん。」


カアァと急激に赤面するデイダラにサソリはとどめを刺す。

『てめぇが先に俺を見てたからだろうが』

―やっぱバレてたか



『とにかく、これからはどんな状況でも油断はするな。いつかそれが命取りになるぞ…もう次の助太刀はねぇからな』


「わかった…うん。」
しかしデイダラは、放たれた厳しい言葉の内容とは裏腹に優しい手付きのサソリに微笑した。


きっとこれは、このひねくれ者の精一杯の"心配"なのだろう。


サソリが出ていった後も、湯船に浸かりながらデイダラは空想にひたっていた。



昔に比べると、やはり随分とサソリは変わったように思う。

まずこんな宿を取り 風呂で身体を洗うなんて事は絶対にあり得なかった。


相変わらずヒルコから出る事は殆ど無いが、たまに見る本体の表情が柔らかいのも気のせいではないと思う。


何というか、一枚壁が無くなったような感覚だ。

言い方を変えればこれで 普通 になっただけなのかもしれないが、デイダラにとってはそれは嬉しい事だった。

しかし、勘違いやただのサソリの気まぐれである可能性もある為 デイダラは深く考える事はしなかった。


充分に温まった身体を湯船から出す。 脱衣場にあった浴衣を口を使って器用に広げ、肩に引っ掻け羽織り部屋まで戻った。






襖を開けると相方はいつものように散々巻物から傀儡を取り出してメンテナンスに勤しんでいた。


外敵に狙われる心配がないからか、悠々と部品や工具を散らかしご執心のようだ。


そんな相方の横を通り過ぎふと縁側に視線を向けると、窓枠に見覚えのある白い塊が置いてあった。


「ん…?」


近づきよく見るとそれは自分の起爆粘土だった。


しかしどう見ても様子がおかしい。
所々泥にまみれているだけではなく 形がとにかく変なのだ。

「これ―」


デイダラは記憶を手繰り寄せる。




『…てめぇがあの時落とした粘土だ。誤爆すると危ねぇから念の為拾って来ただけだ。』



……………なるほど。




デイダラはにやける口元を隠すのに必死になる。



「そうか、ありがとな、旦那」



何だか妙に心の奥がムズムズとする。


どんな怪我や病も治療できる逸材の相方にも、苦手な事はあるようだ。



デイダラは綺麗に巻かれた腕と歪な鳥型?の粘土を見比べて もう一度微笑んだ。














※水瓶様キリリク(捧物にて)
2012.07.15
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