※シキ様リクエスト

※原作沿い

※芸術家の空模様のとある出来事







    『記憶』


ふと目を開けるとそこには見慣れた天井があった。どうやら自分は眠っていたようだ。しかしながらまだ瞼が鉛のように重い。今は一体何時なんだろうか。自分はどれくらい眠っていたのだろうか。そう思い、デイダラはだるい身体を無理に起こそうとした。




『まだ寝てろ。』




暗い部屋に聞き覚えのある男の声が響いた。


「旦那…?」


起こしかけた身体をそのままにデイダラは声のした方へと視線を向けた。




『熱がまだ高い。薬が効いてくるまでは動かねぇ方が身の為だぜ…。』


珍しくヒルコから出ているサソリが 無表情でデイダラを見下ろしていた。

何故 ヒルコを纏っていないのだ…
デイダラは朦朧とする意識の中でさえ、その不可解な現実に疑問を覚えた。



『残りの薬だ。次に目が覚めた時に飲め。』


そう言うとサソリは薬包紙を枕元に乱雑に置き、踵を返すと部屋を出ていった。






「熱、か…。」


どうやら風邪を引いたらしい。これで先程からの倦怠感にも納得できた。


デイダラはのそりと上体を起こし、壁際の布を少しよけた。


夜の岩山に 強かに雨が打ち付けている。
数日前の任務からずっと降っているようだ。

今回自分達に与えられた任務は、水の国の小規模テロ組織の偵察だった。

内部情報を把握する為に潜入し、危険因子と判明した為殲滅命令が出た。

内部崩壊を狙っての潜入だったが、思いのほか敵もしぶとく戦闘は雨の降る中 長期戦となった。


爆煙もすぐに雨に流され視界も悪く、サソリとの連携が上手くいかない不出来な結果だったが、ひとまず任務は完了した。しかし、それからの記憶が全くなかった。




「オイラ、あん時に倒れたのか…うん。」




我ながら呆れる。S級の犯罪者である筈の自分が、風邪ごときで倒れ、更に他人にまで世話をかけているなどお笑いだ。



「もう少し寝とくか、うん…」


早く治さねば。これ以上あの相方に世話をかけるなど滅法御免だ。それだけは自分のプライドが許さない、そう決心してデイダラは再び火照る身体を布団の中に沈めた。



微睡む意識の中、久々に見た相方の本体に デイダラは懐かしい記憶を辿りながら眠りに堕ちていった。












***********************


酷く喉が痛い。声を出したくても詰まって上手く喋れない。おまけに寒いやら熱いやらよくわからない体感温度にデイダラは珍しく弱音を吐いた。


「だんなぁ…オイラ、なんか変だぞ、うん。」


デイダラは寝かされた布団の中からサソリを呼ぶ。


先程から何やらごそごそと作業をしていたヒルコがデイダラの視界に入ってきた。

『大丈夫だ、ただの風邪だ…。これ飲んで寝てりゃすぐ治る。』



見ると、ヒルコの手にはいかにも苦そうな色をした粉を乗せた紙が収められていた。


「うげっ…オイラそんなの飲むの嫌だ、うん。」



苦虫を噛み潰したような表情でデイダラは服用を拒否する。


『おいデイダラ…てめぇの症状が悪化するのは一向に構わねぇが、任務に支障をきたされるとこっちが迷惑なんだよ…』

ヒルコを纏うサソリの雰囲気が険しいものになる。


『まぁ、足手まといになった時ゃ俺がてめぇを殺すまでだがな…ククッ、どうする…デイダラ。』
楽しそうに笑いをこらえて聞いてくるが、言っている内容は全然面白くない。



デイダラは仕方なく布団から起き上がり、ヒルコの手の中の粉薬を見た。


『言っとくが、味は酷いからな。"良薬は口に苦し"だ。』



一番恐れている事をさらりと言ってのけた相方に、デイダラは不貞腐れた視線を向けた。



すると、薬を乗せた手はそのままに ガコッとヒルコの背中が開き、外套を捲り上げてサソリの本体が出てきた。


デイダラはあまりの出来事にその場で固まっている。



普段、この相方は余程の事が無い限り絶対に本体を曝さない。

以前、強敵を前に一度だけ本体で三代目風影を操る様を見たことはあったが、それ以外は本当に必要な時にしかお目にかかれなかった。


しかも未だに戦闘での本体仕様は見たことがない。本人曰く、この組織に入った時以来自身は使っていないらしい。



そんな記憶を巡らしていたデイダラの目の前にサソリが立つ。


「な、なんだよだんな…」


あまり近くで見たことがなかったデイダラは、サソリの顔立ちに目を奪われていた。
(だんなって、よく見るときれいな顔してんだな、うん。)


熱のせいで視界ははっきりしないままだが、自分を見下ろす赤だけは鮮明に目に映った。

『クク…苦いのが嫌で飲めねぇってか…これだから餓鬼は面倒だ。』


口元を歪ませ妖艶に笑うサソリが、ヒルコの手の中の粉薬を取り上げた。


『口開けろ。つべこべ言わず黙って飲めよ。』


そう言うと、何がどうなってそうなったのか、サソリは自らの口にその薬を運び、片手で水の入った湯飲みを持ち上げた。


「ちょ!!!!なにしてんだよ、だんな…!」

素早くサソリの腕を引っ張り寸でのところでそれを阻止した。

途中で中断させられサソリはチッと舌打ちする。

『てめぇがもたもたしてるから飲ませるんだろうが…黙って飲めと言った筈だぞ。』


相方は物凄く不機嫌な顔でギロリとデイダラを睨む。


『それとも、俺に殺される方を選ぶのか。』


「わ、わかったよ…それくらいちゃんと自分で飲めるぞ!うん!」


赤い顔は熱のせいだ。

デイダラは慌てて小さな手を出し、サソリの持つ薬と湯飲みをひったくると 意を決してそれを飲み下した。



『…だったら初めからそうしろ…』


そう言い捨てると、サソリはさっさとヒルコの中に戻っていった。








暫く眠っていたデイダラは、頬を撫でる心地よい夜風に目を覚ました。


壁にかかる布を捲ると、そこには綺麗な満月と それに照らされている山々が見えた。


「落ち着く…うん。」


熱も下がったようで随分と身体が楽になった。サソリの薬のおかげだ。
あの味は二度と勘弁だが、やはり薬草の調合に関してはかなりの腕前のようだ。サソリの手に掛かれば自分などいとも簡単に殺されてしまうだろう。毒死はさぞかし苦しいんだろうな。


などと自嘲しながら夜風を楽しむ。するとキュルキュルと腹の虫が鳴った。


『良くなったみてぇだな。』


振り返ると相方が部屋の入口からズルズルと体を引きずり近づいてくる。


そしてまたもやデイダラは驚きで固まった。


『そんだけ腹が鳴りゃ十分だ。これ食ったらもう一回薬飲んどけ。』


その手に乗っている大きくもない盆の上には、さっきの薬と 湯飲みと、そして粥らしき食べ物の入ったお椀があったのだ。


「あ、あのそれはだんなが作ってくれたのかい、うん?」

『あ?俺以外誰がいる…』

確かにこのアジトにはサソリとデイダラしかいなかった。



だがあのサソリが、冷徹非道な殺人鬼である筈のサソリが、他人の為にましてや普段から足蹴にしている子供の為に粥など作るのだろうか。

(まさか、毒入りか!?)

さっきの思考が思考なだけに、急に不安が押し寄せてきた。

ついに自分は殺される時が来たのか…いや、今ならまだ間に合う。食べるふりをして爆破すればいいのだ。ポーチは何処だったか…目まぐるしく算段をつけるデイダラの頭にいきなり拳骨が落ちた。


「――ってぇ!!!」

あまりの痛さに構築していた思考ごと吹っ飛んだ。


『何固まってやがる…さっさと食わねぇか糞餓鬼が。』


そう怒声をあげたサソリは無理矢理デイダラの口にスプーンを突っ込んだ。


―あぁ、もう終わりだ。究極芸術になれなかった人生よ、さようなら…


そう心で叫びながら目を閉じた……が。


「…ん?」


口の中に広がるのは、ほんのり塩気のある甘い米の味だった。

「あれ、本物…?」

もぐもぐと口を動かしながら戯言を口走るデイダラを一瞥し、サソリは再び出口へ向かう。
『今度もちゃんと自分で飲めよ。』


ああ、だからヒルコのままなのか。

鼻を摘まみ息を止めて再びその薬を体内に流し込むと、デイダラは食べた椀を盆に乗せ机の端に置き、 月光を浴びながら眠りについた。









***********************



眩しい日射しが頬を掠め、デイダラは目を開けた。


窓の外は昨晩の雨で 受けた光をきらきらと反射していて いつもよりも明るく感じられた。
久々の快晴だ。


ふと枕元に目をやると、昨夜サソリにもらった薬包紙があった。起きたら飲むようにと言われていたな…
そう思い出しデイダラは手にとる。



この歳になっても流石にこの味は苦手だ。


暫くその薬との葛藤をしていると、キィと扉の開く音がして相も変わらず厳ついヒルコ姿のサソリが入ってきた。


大方嫌味でも言いに来たのだろう。
確か昨日からは別の任務が入っていた筈だ。

まぁ、風邪ひいた自分が悪いんだけどな、と心の中でだけ謝った。




『なんだその不細工な面は。流石にこんだけでかくなると薬の効き目も鈍るのか。』


余計なお世話だ。本当に一言多い。いつもは無口な癖にこういう時だけ饒舌に喋る。
夢の中にいたサソリの方が心なしか人間味があったように思う。



「だいぶ治った、うん。」

言い返す体力を使うのも面倒なので、ぶっきらぼうに答えたデイダラだが、ふとその相方の手に乗るものを見て思わず微笑した。



『ふん…お前のことだ、どうせまだ薬飲んでねぇんだろ。これ食ったらさっさと飲めよ馬鹿ダラ。』


そう言ってまた強制的に椀を手渡された。

懐かしい匂いが鼻孔を擽る。

そういえばあの時の粥には毒なんか入ってなかったな。だから今自分はこうして生きている。


そしてまたもや相方に世話をかけてしまっているのだが。



一昨日からの空腹と懐かしい味のせいで、質素な粥がデイダラの胃袋に染み渡った。


絶品という程のものではないが、サソリの作る粥は確かに美味いのだ。


戦闘用に作られた必要最低限の機能しか持たないサソリに、味覚などある筈がないのだが。

一体どのように作っているのか酷く興味はあるが…

『…なんだ。』

視線を感じて相方が睨んできた。

それはきっと禁句なのだろう。

機嫌を損ねると二度と作ってはくれない。心の何処かで また食べたいと思っている自分がいる…ような気がする。


毒入りじゃなきゃな。

デイダラはペロリと食べ終えると、「へへっ」と笑った。


それまで珍しく隣にいたサソリは、空の椀を受け取ると『今日はちゃんと一人で飲めるな?』

と失礼な質問をデイダラに投げた。


「おい旦那、オイラをいくつだと思ってんだ。薬くらい自分で飲めるぞ、うん!」

何だか酷く馬鹿にされているような気分になり、デイダラは口をへの字にして言い返した。


『ククッ…そうかよ。ならさっさと飲んでくたばっとけ。夕方には遅れの任務に出るからな。』


そう言うと今度こそサソリは部屋から出ていった。




「ったく、旦那のやつ未だにオイラを餓鬼扱いしやがって…うん。」


ブツブツと不満を言いながらデイダラは苦いそいつを一気に飲み下した。


夕刻には任務だ、少しでも回復せねば。また足を引っ張る存在にだけはなりたくない。


腹が満たされ自然に眠気が襲ってきた。


心地よい日射しに照らされてデイダラは再び布団に潜り込む。


うつらうつらする意識の中で微かな疑問が浮かんできた。


(そういえば、オイラ昨日どうやって薬飲んだんだっけ…)


懸命に記憶を辿ろうと試みたが、みるみるうちに思考に霞がかかり、そのうち爽やかな風と共に デイダラの意識は深い眠りへとさらわれて行った。


赤い髪が瞼の裏に映った気がした。













END

2012.7.2
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