掛けた小指に咲いた


     僕らの



   最後の約束──







 







 チリン、と風鈴が鳴る。

「はーいらっしゃーい!かき氷と、ソフトクリームね、あいよー!」


簡素な立て付けの扉から生ぬるい海風が流れ込む。

客が自由に出入り出来る様常に開けっ放しだ。
気休めに回っている扇風機は頼りなく傾いていて、時々 ガララと音を立てては首振りを怠っている。


「旦那!焼きそば二つまだかい?」
『もう出来る…』

配膳しながらオイラは彼の作品を覗き込む。
芸術においては右に出る者無しの天才も、一つくらい苦手なものはある筈だ。
料理の類いはからっきしだと予想するオイラの期待は、盛られた作品を見て見事に打ち砕かれた。


「うあ…いい匂い、うん」

『さっさと運べ。冷める』



その時気付いた、真剣な眼差しは製作中のそれと何ら変わらぬ、静かな灯が宿っていた。
それ以前に じんわりと流れる汗が、胸の中をライムを搾ったような甘酸っぱさで一杯にしてくる。
オイラは顔を見られる前に急いで仕事に戻った。


 正直、この顔には弱い





「ようやってくれとるのォ…、どうじゃ、お主らもそろそろ休憩にせんか」


客足も一段落した頃、この家の家主がコーラジョッキ両手に現れた。

「あー腹減った、うん!」

『ほら、お前の』

労働後に空腹を満たす瞬間ほど 至福の時は無い。

オイラは、終日釘付けだった旦那の焼きそばを口一杯に放り込んだ。

「んーまい!…んん」

「…フォッフォ、若いとは宝じゃな。お前さん達のお陰で随分と助かっておる…まだ暫くはこの年寄りを手伝ってもらおうかのォ」

『まぁ、一週間の約束だしな』


カラン、と氷だけになったジョッキを置くと、旦那は遥か遠くの水平線を見た。
太陽の光が乱輝するそれに、眩しさで目を細める。
吸い込まれそうな青空に立ち昇る入道雲が、刻々と形を変えていった。



 なんでも此処は サソリの旦那の親戚が営む老舗で、夏休みシーズンの助っ人は毎年恒例なんだとか。
今年はもう一人手が欲しいとの事で、オイラが強制連行された。

…まぁ、その間一緒にいられるから、願ったりだけどな。

オイラは最後の一口を口に入れると、一気にコーラで流し込む。
喉の奥へと滑り落ちる炭酸水の刺激を感じつつ、これまた傾いた "海の家エビゾウ" の看板を 熱い砂浜から振り向き際に見上げた。




───────





 俺がコイツを連れてきたのは単にバイトの為だけでは無い。


他にも  理由がある。

バサバサと真上でうるさい音を聞きながら、それに遮られた影の下で筆を動かす。
あちこちに点在する同じパラソルは、うちの店が貸し出したものだろう。青と白の縞模様が目立っている。同時に波打ち際ではしゃぎ回る金髪の青年が、真夏の放射でキラキラと光っているのが見えた。


仕事を終えた俺達は、西陽を浴びながら漸く羽を伸ばす。
気付けば間もなくサンセットタイムだ。

橙色に変化しつつある水面の反射(ひかり)が、網膜にじゅわわと染み込んでくる。
それを そのままキャンバスに乗せていく──


そんな作業も兼ねての小旅行。浮かれている訳じゃ無いが、アイツとの非日常を過ごせる期待が俺の心を軽くする。



褪せた生地に青を乗せる。





「写生大会は順調かい?」


急に声がして、ひょっこり金色の髷が飛び出す。
画板ごと持ち上げると、イーゼル越しに少し屈んだ青い目とかち合った。


 あ…… この色だ──


遠く高い、夏の蒼穹。

暗い深海に眠る、魅惑の宝石。



俺はこの謎めいた耀きに心底恐れを抱き、心底強く惹かれたんだ。



「もう色乗せしてんのか、早いな…うん」

やっと奴の視線が、下に逸れた。
俺の心拍なんて知る筈も無いコイツは、いつもの無防備な笑みを喰らわしてくる始末。


『……まぁな、俺は下書きは殆どしない主義だ』

「ふーん、写実派の旦那にしては大胆だな」

『………"美の切り取り"ってやつだ。今在る最高の姿を永久に保存する為の、な』

「ハハッ…そういうのを、 "一瞬の美" って言うんだぜ旦那」

『全然違う』





遠く蝉の音を背に、俺は筆を置いた。


「だいたいさ、絵画も彫刻も変化が無くてつまんねえよ。やっぱこう、芸術はもっとでっかい刺激がねぇとな、うん─!」

『またソレか……芸術に刺激を求めてる時点で中二だ』

「何だよ中二って…!旦那こそ歳の割りに考えが古くさ過ぎんだ、ダサいうん」


『……砂を上下の穴から詰められるのと海水5リットルの一気飲みどっちか選べ』

「拒否」


俺はパラソルの伸縮棒の螺をキリキリと弛めた。


「そもそもオイラは短命一発屋だ!同じ物作りとしてアンタは尊敬するが…そんな現状維持で満足できる程、オイラの寿命は長くないぜ?」

『ああ……万年早死にオタクだったな』

「そこの昆布で〆てやろうかアンタ」


夕方の潮風がまたパラソルを煽る。
そろそろ畳まないと飛ばされそうだ。



「そんな事より見てくれよ!」

そう叫んだ奴は短パンのポケットから得体の知れない物体を出した。嫌悪感を滲ませる俺の目が渋々"何だソレ"と言う

「フフン、こいつぁ携帯型花火、通称"C3スコーピオン"!威力は絶大、瞬きは電光石火の如し…!」

『…爆竹か』

「アンタさ、"台無し"って言葉知ってるかい?」


いい加減面倒臭い。このモードは相当厄介なので早く終わらせたいのだが、如何せん俺はこの表情(カオ)に滅法弱い。


「こいつぁな!初めてオイラに花火を見せてくれたジジイの形見なんだ!周りからは反感買ってたが…これは紛れも無い最強兵器だ!」

そう言ってへへッと笑い、これが改良版"蠍58号"、こっちが試作品"sasoriオプティマス"だ!と要らん情報を発表した。

救いようの無いネーミングセンスに呆れ果てるも、やはりその眩しい笑顔に俺はもう限界だった。


パラソルの中で奴の手首を引っ張り、ひんやりとした日陰の砂に押し倒す。


「ぉわッ─!?」






 背の低くなった傘の中 

 影に隠れてキスをした






キツいアルコールに溺れたような、甘い痺れにクラクラした。


『……………夕べのお前、良かったな』

「──ッは、 なに…」

ちゅっと音を立て離れた顔が、とんでもなく面白い形相に変形している。


『何って……昨日のお前だよ。──俺を呼ぶ時の、あの表情とか』
『こらえ切れずに漏れた、あん時の、声とか』

「ちょわ――――ッ!!駄目駄目駄目シーッ!!! 」





古びた店の二階。
色褪せた畳の一室で薄っぺらい布団に散らばった髪は、月光を吸い込み例えようも無い程美しく乱れた。
俺は何度もそれを掴み 指に絡め 襲い来る欲を噛み殺しながらその感触を確かめた。

 何度も コイツの名を呼んだ

出逢ったあの頃じゃ想像出来ない艶かしい表情に、俺の決して狭くはない許容範囲は一瞬で溢れ返った。
 止められなかった




『おい逃げんなよ、もっと寄越せ──…』

もう一度奴の顔に近づいたら、今度はコイツの髷が日向に出た。

「ッ──!……」



そうして、耳元で言いたい事を 言いたいだけ言ってやった。


相変わらずバサバサとうるさいパラソルの中で、耳まで茹でタコみたいになった奴に、俺はまた打ち寄せる波に押されるようにキスをした──






───────


 ─夜。

突然支度をせがんで来る旦那に、『これを着ろ』と明らかに女物の浴衣を寄越された。
ので瞬速でそれをはたき落とし、奴の後をついていった先は…


「うわぁー!でっかい神輿…!」

この地の有名な祭だ。

色とりどりの飾りを揺らす神輿と、それを担ぎ歩く人々の熱気。
鼓膜を打つ祭囃子があちこちで聞こえる。


「スゲー!屋台も沢山あるぞ旦那!おでん屋は何処だ、うん!?」

爛々と目を輝かせるオイラは、隣人の含み笑いと共に賑わいの中心へと駆け出した。






「珍しいな、お前が祭とは…」

「はっはァ!お前らも来てたのかよォ!」

聞き覚えのある声に足を止め振り向くと、そこには幼なじみの飛段とその相方がいた。
「は?らんれおあえが此処にいんらよ…うん?」

旦那に与えられたフランクフルトをくわえたまま驚愕を顔に貼る。

「たまたまだよ、たまたま!布教活動の道すがら寄って晩飯ってとこだ。明日隣町で " ち け ん " ってのをやれば、角都が信者集め手伝ってくれるってよォ、ゲハハ!珍しいだろ」

「黙れ飛段、……それにしても久しいなサソリ。最近の調子はどうなんだ」

『まぁ良好だ』

久々の再会にも旦那は動じる事も無く平然と答える。
どちらかと言えば飛段の発言の方が末恐ろしい。

確かこの人は…旦那の元主治医だ。心臓外科部長…とか何とか。
昔旦那に見せてもらった写真に写っていて、それが以前から飛段の慕う相手だったと知って驚いた。
昔、サンタになり損ねた人。

「チヨ様も元気か」

『…元気過ぎて困る』


そう言って旦那はオイラの口から肉の棒を抜き取り自ら頬張った。
…オイラのフランクフルトォォっ!



「………。 お前、治療は続けているのか?」

『…?──あぁ』

笛太鼓の音にかき消され、二人の会話が小さく聞こえる。目の前を、水風船片手にはしゃぐ親子が通り過ぎた。


「…そろそろ行くぞ、飛段」

「え、もう?俺まだたこ焼と骨付きチキンと綿あめとかき氷と林檎飴しか買ってねえよ…!」

そう言って左右の屋台をキョロキョロと物色し出す野生人。

「………くれぐれも、命を粗末にするんじゃないぞ。貴様一人の体では無いのだからな」


そう言ってちら とオイラを見た角都は、どことなく微笑んだような面持ちで飛段をひっ掴み人混みへ消えていく。

「じゃあなー!仲良くやれよお二人さん!」
両手一杯の晩飯?を抱えた飛段も、ニカッと歯を見せ笑い──そしてコケた。






────────





「おぉ…結構登ったな」

まだまだ祭を楽しむ気満々だったオイラを旦那は急に山中へと連れ出した。見えた景色は意外と広く、さっきまでの祭灯りが低い位置でチカチカと光っている。



『デイダラ、あの暗い一帯がわかるか。そこを見てろ』


旦那の指差すそのずっと先を見ると、黒い一帯が遠く続いている。


(あそこは……もしかしてオイラ達のいた海岸か?)



 『さて、とっておきだ』





そう聞こえた瞬間だった───










 ── ドォン !




 夜空に 大花が咲いた













──────




 それは正に 芸術の真骨頂だった

"美"を凝固した 『命』そのものだった



眩(まばゆ)い閃光は辺りの暗闇を一瞬にして照らし、夏の草木を艶やかに浮かばせる。


「──こ れは…、」

上手く呼吸が出来ない。
ただぱくぱくと紡ぐべき言葉を探している。


「…名のある有名所の花火じゃねぇが、ここは古くからの歴史がある。今時のコンピュータ着火じゃなく…花火師が一つ一つ手作業で打ち上げてるからな」

大きくも無い旦那の声だが、腹に響く振動の間を縫ってはっきりと聞き取れた。
通りで味のある、絶妙な間隔の筈だ。


「凄い…凄い凄い、凄いぞ旦那ぁぁぁ!」


全身の血液が目まぐるしい速さで循環する。




赤い花が開いた。



それは隣に立つ旦那の髪を、一層鮮やかな真紅に塗り替えた。
その刹那、胸の奥に燃ゆる炎が爆ぜ───色褪せる事の無い、あの人の口癖を甦らせた。






 ──デイダラ……よいかデイダラ…。ワシら花火師の最大の仕事はな…この玉を空に打ち上げる事じゃあない。
"今"を生きる者達全てに『光』を降らす事じゃ。
儚くとも深い闇を照らすこの光はな、人々の顔を、心を空へと向ける力がある。……それがワシの最大にして─生涯不落の使命なんじゃぜ──



虐められ、馬鹿にされ、自分の価値が皆無だった幼き頃。唯一オイラを認めてくれたのは、しがない花火職人のジジイだった。

貧乏な暮らしを周りは憐れだと同情したが、毎日汗土まみれながら作品に没頭する姿は、最高にクールだと思った。

まさしく、『一瞬』に全てを捧げた生涯だった。



「オイラの夢は、"天下一の花火師"になる事だ!ジジイが果たせなかった事をオイラがやる!そうして馬鹿にしてきた奴等に堂々と証明してやる─!オレが生み出す芸術で…この国の人々を驚嘆させてやるんだ──うん!!」




言い終わった直後に、一際大きな爆発が夜空を占めた。





──────



今まで何度も衝突してきた互いの美学。
奴の主張はいつだって理解に苦しむものばかりだった。─が、俺は今はっきりと確信した。



コイツが望むものは
称賛 賛美 感嘆という名の『屈服』──

根底で燃えていたのは、立派な『復讐』と呼べる代物だったのだ。


それがコイツの確固たる原動力だ。


(ふーん…)


また、この"デイダラ"という青年の神秘に吸い込まれていく。
純粋な一面の裏に、こんなにも熱い激情を秘めていたのか──

復讐心だろうが正義感だろうが中身は何だっていい。
人から湧き出る" 強い想い "は己を高みへと突き上げる唯一の力になるのだから。



『だったらその夢、叶えてみせろ』



七色に光る碧眼に向け、俺は言の葉の矢を射った。


何年も色を失い続けた俺の世界は、温もりや守るべきものを拒絶し、自分が信じられる物を創る為だけに存在した。


(長くはない人生、守った所で意味など無い…か、)

ならば一人でも自分の死を悲しむ者が増えないように、このままずっとこの世界にいたらいい。


俺には、叶える夢が無い。

ただふつふつと胸に渦巻く孤独を吐き出す為に、俺は夢中で作品を生み出した。

いや、生み出したんじゃない、この小さな枠の中でしか、俺は生きられなかった。





ずっとそう、思っていたのに。



青天の霹靂のように現れたコイツは、固く封印した筈の扉を 一瞬にして開け放ったんだ───


 初めて、『生きたい』と思った。

 初めて、『眩しい』と感じた。


 初めて俺の世界に、愛という『色』が生まれた──




俺の欠けたピースは、ここにあった。








ドドドドンッ──…、と連発の打ち上げが始まった。どうやら最後の大技だ。爆発の衝撃波が直に脳に響いてくる。



「だったら、旦那も自分の夢を追えよ」

大きな音の渦の中でも、その澄みきった声は決して混じりはしなかった。

 「旦那は旦那の残してきた足跡がある。生きた証がある。消えないんだろ?アンタの芸術は」


「なぁ気づいてるか?アンタの作品はもう立派な芸術なんだよ。今や誰もが認めてる……まぁオイラは認めねえけどな!でもそれがアンタの進む路だろ、アンタの求める、" 永久の美 "だろ!」



何でお前がムキになる。

そもそも俺の美学は夢とは違う。そんな残せるようなものじゃない

そう思うのに、何故か重くのしかかっていた厚い雲がスーッと晴れていったような、不思議な感覚になった。



もしかして──



 『…あぁ、約束だ』


俺はもう、自分の路を──



どこか安堵したように笑った奴が、徐に小指を突き立てる。


「嘘ついたら針1108本飲ますからな」

『中途半端だな』

「約束果たせるなら108本はマケてやるよ、うん」

『冗談…お前と違ってホラは吹かねぇぜ』



そしてまた笑う。

また、生きる理由が増えた。
コイツといると、寿命がいくらあっても足りない気がする。


しかと懸け合った小指の向こう側で、今日一番の花が咲いた。





━━━━━━━
━━━━━━━


窓から見える月は白かった。

相変わらず、ザ…ン、ザザ─… と、静かな波音が規則的に部屋に流れ込んでくる。

連日の熱帯夜にも慣れた筈なのに、何となく今夜は目を閉じるのが嫌だった。



『……どうした、眠れねぇのか』

月明かりだけの薄暗い部屋は、いつも以上に静かに感じた。

「いや……そういうんじゃねーけど……」


オイラはゴロンと寝返りを打つと、旦那の方に向き直る。
Tシャツが捲れて少し腹が出たが、暑いから放っておいた。


「なんかさ、今夜が最後なんだなーって思ったらさ、その…」

旦那の茶色い眼が、じっ…とオイラを直視している。
角度的に、オイラはそれを見上げる形。



『……お前、もしかして誘ってんのか』


突然旦那がおかしくなった。

「は?いや違うけど」

と言った時には既に遅し。

「え、待っ─何!?」

『今更怖じ気づくんじゃねぇよ。いっちょ前に欲しがりやがって……クク』


「‥‥アンタは時々どうしてそうなんだーッ!勘違いが絶望的にプラス思考!!」

偉人と奇人は紙一重というが、正にこの事だ。こういう類に関しては螺が外れすぎじゃないだろうか。
しかしながらまぁ、そこが唯一人間臭くて愛しくも感じる訳だが。

『違うのか…いちいち可愛い顔しやがって紛らわしい』

「してねえしッ!?あーもういい!明日も早いしオイラもう寝るし!」

感傷に浸る気も失せたのでオイラは旦那に背を向け布団を被る。


暫くの間。



どうせ旦那は寝たに決まっている。毎夜毎夜、気の抜けた空返事で勝手に寝やがってこの薄情者め。
ざけんな、今夜くらい構ってくれたっていいだろ。


そんな愚痴を内心唱えてオイラはそろり背後を振り返る。
半開きの茶眼と、視線がかち合った。

「!」

急いで元に戻ろうとした。が、遅かった。

細い腕のどこにそんな力があるのか、オイラは体ごと奴の布団に引き摺り込まれた。
そして、余った隙間は奴が密着してくる事で綺麗に埋まった。


『拗ねんなよ……』

「っ…、」

そう言ってぎゅっと後ろから抱きついてオイラの肩に顎を乗せる。
ぬるい息が耳にかかって全身がぴくんと跳ねた。


「あ、暑いだろ旦那…」

『……いいんだよこれで』


その猫なで声が先日の台詞を蘇らせたせいで、「うっ」と変な声が出た。耳の後ろに心臓があるかのように鼓動がうるさい。
こんな近くに顔くっつけるなよコノヤロー!聴こえちまうだろッ


だが暫くすると、どこからかか細い空気音が聴こえてきた。
まさか、

もう一度ゆっくり振り返ると、すぐ真後ろで白い月に照らされた繊細な赤髪が、薄い瞼を下ろし気持ち良さそうに寝息を立てていた。


(ッの野郎…!)


オイラは脱力して鼻から長いため息を吐いた。
透き通った睫毛が綺麗…な事はスルーして火照った顔面を冷ます事に専念する。



窓から入る夜風に奴の髪がフワフワと揺れ、オイラの耳を擽ってくる。それがどこか気持ち良くて、急に瞼が重くなってきた。




遠く風鈴の音が聴こえる。



暫くはもう こんな生活はないだろう






 "俺の足りない部分は──

  お前が全部埋めればいいだろ?"







また腹の底が突き上がるような熱い胸焼けに襲われ、腰に回る華奢な手を強く握った。

未だにこんなに好きなのが堪らなく悔しい。

(埋め合ってるのはお互い様だっての…うん)



オイラはようやく目を閉じた。
背中から、確かに生きている証が伝わる。


熱も 鼓動も


声も 呼吸も



彼の全部が、この暑い熱で溶けて

オイラと混ざってしまえばいいのに




そしたらこんな、愛しさで身体が引き裂かれる痛みを味わう事も無いのに。




 「愛してるんだ」




そう聴こえたのは、波に浚われたオイラの意識か 真夏の夜の囁きか───



暗い瞼の空のなかで



赤い綺麗な 花が咲いた








   これが



   君と過ごした

     最後の季節

















2013.12.6
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