それぞれの任務が完了し、二組の犯罪者は草隠れの里を後にする。
あれ程この地を濡らした雨も上がり、今は黄昏がかった高原に黄金色の光が射し込んでいる。
角都は永良の遺体を換金する為、飛段と共に別ルートで別れた。
一億両の賞金が入るんだから、暫くはこの組織も潤うだろう。
先ず、角都の機嫌を窺わずに済む。
…いや、今回ばかりは複雑な心情に間違いはなさそうだが。
「リーダーに報告するか、…うん?」
いつものことだが無口な相方にデイダラは訊ねた。
『いや…後でいい。このまま直接アジトへ戻る』
案外あっさり返事が返ってきた。
さっきの空気は気のせいか
「そうか、…まぁ、アンタのメンテもしねーとだしな、」
『それもあるが…てめぇの手当てが優先だ』
「‥‥‥は?」
聞き間違えたかと思う言葉に、デイダラはもう一度聞き返す。
『何度も言わせるな…てめぇの手当てだ。ったく、こんなボロボロになりやがって…未熟者が』
「んなッ─!!」
言い返そうと思って、デイダラは口をつぐんだ。
己を蔑むのは日常茶飯事だが、その目が違った。
「う、うっせーな!結果的にオイラの芸術で昇華したんだ、文句ねぇだろ!…うん」
フン と、いつもの鼻を鳴らす音が聞こえると思ったが、耳に届いたのは喉を鳴らす音。
『…ククク、さぁな。俺はてめぇが羽交い締めにされてる間抜けなところしか見てねぇからな…』
初めて聞く柔らかな声色と屈辱的な回想シーンに、デイダラの鼓動が速まった。
「あれはッ─、オイラの術の間合いだ…!それにアンタだって、あの餓鬼に吹っ飛ばされてたろうが…うん!」
『‥‥チィッ』
予想外の反撃にサソリはヒルコの中で眉を寄せる。
疲労困憊な相方の歩調に合わせて摺り進んでいたが、通常の速度に戻し 賑やかな里中を抜けていく。
「ちょ、待てよ旦那ァ!……あ、ちょっと、オイラここに用がある…!」
不機嫌な面持ちで振り返ると、元気に茶屋へ入って行くデイダラが視界に入る。
『何してんだ、てめぇは…』
ズルズルと歩み寄り連れ帰ろうと試みる。
「何って、栄養補給だろうが。オイラ一体何日飯食ってねぇと思ってんだ…アンタはいいけどよ、うん」
『もう少ししたら次のアジトに着くだろ…我慢しろ』
「えーーー!いいじゃねぇか、金も入ったんだし。つーか、もう疲れて一歩も歩けねぇ。オイラは此処で休んでくから、旦那は先行ってていいぜ」
断固として譲らないデイダラに、サソリは はぁ…とため息をついた。
『ったく…あんまり待たせんなよ…』
雨上がりの空に とんびが鳴く。
コイツとゆっくり過ごすのも、随分と久方ぶりだ。
旨そうに団子を頬張る姿を横目で見ながら、サソリは何となくそう思った。
「そういえばよ…さっき話してた "コブラ"って一体誰なんだ、うん?」
一瞬、躊躇したような間の後に サソリは口を開く。
『コブラとは…砂隠れの初代傀儡操演者・モンザエモンの孫弟子であり…俺の祖父にあたる人物だ…』
その言葉に、デイダラはくわえた団子を咀嚼しながら "へぇ、" と言い、茶を啜る。
『当時、風影の側近を努める程の腕前だったが…冷徹非情の暴君で知れ渡っていてな、任務遂行の為なら手段を選ばず、多くの忍が犠牲になった。ある時、スパイがいると偽の情報を聞かされたコブラは、自分の妻を殺そうとして…国を追放された。その後すぐに死んだとされているが、鬼の国に流されたという噂もある…』
「ふーん…」
この野郎…聞いといて適当な返事しやがって…と顔を見たら、案外真剣な眼差しをしていた。
手には空いた串が五本、握られていたが…まぁいい。
『とにかく、里にとっては相当な黒歴史だったらしく…コブラの詳細は今も殆ど知られていない。だが…"哀れな命の上に大樹あり"という奴の忍道は、俺もよく知っている。…しかしまさか、ババアと腹の子を助けたのが、あの偽暁の頭だったとは…驚いたがな』
何を思ったのか、それきりサソリは黙り込み、まだ湿気の漂う空を見上げた。
さっきのとんびが、番(つがい)で旋回飛行をしていた。
「旦那」
一通り食べ終わったデイダラが、サソリの名を呼んだ。
「安心しろ、旦那の隣は今オイラだろ?…何たって相方 なんだからよ!」
先刻のやりとりを思い出したらしいデイダラは どことなく嬉しさを滲ませその言葉を強調する。
『チィ‥‥うぜぇ』
その生意気な顔に盛大な舌打ちをお見舞いしてやった
『てめぇはまだまだなんだよ糞餓鬼が。俺と対等になろうなんざ100年早ぇ…先ず、早死にの持論がそもそもダセェしな。……おら、いつまで食ってる。さっさと行くぞ』
「何だとコラァ!オイラの芸術を馬鹿にしたのか!?ちょ、無視すんじゃねぇ!!」
デイダラは慌てて店を飛び出す。
「ちょいとあんたらッ─!!勘定がまだなんじゃないのかい!!??」
すると店の奥から、物凄い形相をしたオバサンが盆を振り回して追いかけて来た。
「うわっ、怖ぇぇ…!旦那ァ!金だ金、一先ず貸してくれ、うん!」
『てめぇが食ったんだろ…てめぇで何とかしやがれ。俺は知らん』
「ちょっと待ってくれ!オイラ今起爆粘土すら持ってねーんだ!助けてくれよ、旦那…!」
見ると、山姥のような屋主が今にも白骨に集る勢いで真後ろに立っている。
『金がねぇんなら、身体で払うしかねぇだろ?食い逃げは犯罪だぜ…ククッ…』
「─アンタが言うなよ!!」
結局、見かねたサソリの世話になり、二人は無事に茶屋を出る。
『ったく…。次 俺の足引っ張っる様な真似しやがったら、今度こそ殺すからな…』
「んだよ、ケチくせーな!最近、角都に似てきたんじゃねぇか?─ぅおあっと!」
またも鉄尾が飛んできてデイダラは仰け反り避ける。
『…俺をあんな守銭奴と一緒にするな……』
夕刻の帰り道
青と茜(あか)とが織りなす夕空に あたたかな風が吹き抜けた。
永久を望む傀儡師と 一瞬を愛す造形師
今までも、この先も 互いの信念は変わらないままだろう
ただ、 今回の旅で何を見つけたのかは
長く伸びた 二人の影だけが
唯一知っている
澄み渡る空の下
それぞれが追う未来を描いた 二人の芸術家は
今日もまた いつものように小競り合いながら
落ちていく夕陽に向かって歩き出した──
2013.2.28