深々と貫かれた鬼刀は
喉仏を貫通し、天高く聳え立っている。
「ング…グフ、か…はっ─!」
奪い取った柄を握りしめ、角都は己の上腕に手首を戻した
抜かれた刀の跡から、次々と鮮血が溢れ出す。
暫くして、永良はその場に崩れ落ちた。
『終わったか…』
見ると、いつもの厳ついサソリの横に、満身創痍の少年も一緒に立っていた。
「あぁ、たった今…な」
そう返し、角都は視線をさ迷わせる。
「あの宗教馬鹿なら、もうすぐ来るだろうぜ。向こうで勝手に意味不明な儀式やってるからな、うん…」
「そうか、ならば当分は来ないな。アイツの悪趣味な祈りはタラタラと長い…」
ため息を一つこぼし、角都は永良へと視線を戻した。
苦し気な瞳が、何か言いたげにサソリへと向けられる。
「お前…… カ…楓は 敗けた、のか?…ングフッ─!!」
風穴の空いた気道から空気と血液が漏れ、呼吸と発声が困難ながらも偽暁の頭は口を開く。
『……あぁ』
永良は脱力し、目を閉じ眉間に皺を寄せた
「馬鹿な…、楓が敗れるなど──がはっ、…ハァ…肝心な時に…役立たずな奴等だ…」
サソリの眉がピクリとヒルコの中で動いた
『おい…、てめぇ今 何てほざいた‥‥』
(─!?)
静かだが、普段感情を見せないサソリの異変に デイダラが真っ先に反応する。
『役立たず、だと?』
冷たい声が辺りの雨に反響する。
真横に立つデイダラは視線だけサソリに向けている。
「その通りだ…お前達を討つ為だけに、グッ…興した組織だ…ハァ…真の目的を…ガハッ、果たせんで‥‥何の価値がある…」
信念に据えた 偽りの無い眼光を蓄え、永良はヒルコを見遣る。
ぶつかった視線の中で、何かが渦巻く。
『…アイツの痛みが お前には解らねぇのか…』
「………」
その衝突した視線には、決して混ざり得ることのない互いの芯が確かに存在した。
「………、楓に何を重ねたのかは知らんが…グッ、所詮、奴等は俺の…フッ、復讐の手足に、…過ぎん。哀れな子供だと同情は、ハァ…するが、感情移入する程俺は甘く、、無い」息絶え絶えにも、永良ははっきりと言葉を紡ぐ。
「…それに、"哀れな命の上に大樹あり"…だ。ハァ、何の犠牲も覚悟も無く、成し遂げられる、、もの等ゴホッ…!、この世に有りは…しない…」
ヒルコを通り越した暗闇の中、サソリの眼の奥で紅い灯(ひ)がゆらゆらと灯る。
耳障りな雨音さえ今は耳に届かない。
『てめぇの都合だけかよ…それでも一組織の頭か』
「やむを得ん犠牲は、付き物だ」
『……部下の概念が、俺とは合わねぇ…』
軽蔑ではなく 落胆でもなく、サソリは永良の横に佇んでいた楓を思い出し弔う。
こんな終わりがあっていい筈が無い。
「お前とて…そいつを都合良く操っているではないか…」
不意に視線が隣に流れたかと思うと、その先には全身ボロボロのデイダラ。
「っ…!」
何を言わんとしているのか察知したデイダラは、咄嗟に腹の底の蠢きに蓋をしようとする。
(聞きたくない──)
今ここで サソリの口から本心を言われたら流石の自分も堪えられない。
"必要ない"
そう言われることが、デイダラにとって…最大の恐怖だった。
「立ち位置は違えど…結局はお前も同じなのだ…優れた使従関係を具現化すれば、グフッ…自ずとこうなる。…優秀な部下なら─『コイツは部下じゃねぇ』
鋭く 落ち着いた声が辺りに響いた
(──!)
『コイツは俺の、相方だ 』
漸く 各々の鼓膜に 静かな雨音が戻ってきた。
雨足も随分と弱まっている
「ふ……」
不意に 永良の掠れた笑みが零れる。
「……お前は、コブラとは似ているようで随分違うな……もし、里に残っていたら…ゼェ、…良い忍に、なっていただろう…」
サソリがその言葉に一瞬固まったのを、デイダラは見逃さなかった。
「目的達成の為ならば、家族をも犠牲にする──ゼェ、当時、奴と交戦した時…その非情さに恐れを抱いたが……"大を欲すれば小を踏み越えよ。そしてその犠牲を糧に、必ず成就させん"……これが奴の信念だった。ゼェ、俺は今なら…いや、今になって…ゴフッ、コブラの気持ちが解るのだ…。大切なものを失うごとに、自戒の念は強くなり…達成への執念へと成り変わって行くのだ…」
そこまで言葉を紡ぐと、永良は穏やかに空を仰いだ。
既にチャクラが枯渇したその身体は、徐々に実年齢へと戻り始めていた。
降り注ぐ雨が 彼の深すぎる皺へと流れ込み涙のように跡を伝う
「かぁーくずぅ─!まだやってんのかァ?」
漸く場違いな馬鹿が姿を現した。
「全く貴様は……いつまでやってる」
「はぁ!?そりゃおめェだろうがよ」
「うわっ…血だらけ!気色悪ぃな、うん…」
『………』
己が企てた"暁"の全ての敗北を悟った永良は、綴じた目蓋の裏に映る 二人の兄妹を見た。
信念を貫いた真の武士に 角都は最後に言葉を発す。
「貴様は俺に、"何故暁に入ったのか"と言ったな…。簡単な理由だ。ここに属する事で俺の目的は達成される。つまり…利害の一致があり、俺はその為だけに任務を遂行している。そして貴様は、己の命を救った奴等への復讐に人生を懸けた……永良、所詮 俺とお前は同じなのだ。生きて行く中で、己の信ずる道を選び 進んだ。立場が変われば、どちらが悪にでもなる…本当に正しい"正義"など、存在しない…」
事切れる寸前の戦友に、角都は数多の光景を見た。
「あぁ、そうだな…」
白く濁った瞳は尚も、その揺るぎ無い魂を滲ませて角都を映す。
その先に見ているものは、幼い兄妹か それとも───
「角都─、最期に…頼みがある……」
「なんだ…」
角都は跪き、永良の口元へと近づいた。
「俺を…連れていけ……あの時お前に何も出来なかった、償いだ…」
復讐など…馬鹿げている
誰よりも大切な者の為に
生きたかった
それが叶わなかったせめてもの人生に
お前に"未来"をくれてやる
マラ、仇を打てなかった…
許してくれ
今 そっちへ行く…
「……解った
もらうぞ、お前の心臓」
漸く雨が上がり、渇れ果てた大地に薄日が注ぐ。
この地を守り続けた一人の武士が消えても
世界は何も変わらない
だが…
何故かそこに
次なる新たな命が芽吹いたのを
一体誰が 気付いただろうか───
2013.2.25