雑木林を潜り抜けると小高い丘が現れた。見渡す限り雑草や蔓草に覆われていて鬱蒼としている。

先程から降り続く雨のせいで土と草が混ざり湿った青臭い匂いが一層強くなる。まるで梅雨時のそれだ。


―あぁ、カタツムリの気持ち解るかも。

などと阿呆な事を考えていた飛段の目の前で角都が立ち止まった。



「油断するな。もう近い。」


見ると 金色の蝶達は既に姿を消しており、辺りは雨とは違うただならぬ空気が立ち込めている。


「―待っていたぞ、角都よ。」


低い音が響いた瞬間、自分達の視界がふと暗くなった。

見上げると丘の上の人物が此方を見下ろしていた。



「やはり貴様か、―永良。」


角都は静かに口を開く。

空気が穏やかに止まった―

何十年振りかの再会を果たした二人だが互いに酷く冷静だった。この瞬間、飛段は二人の絆が垣間見えた気がした。

そして同時に、言葉を発せずとも互いの目的を理解し対峙しているように見えた。


「そいつが暁でのお前の連れか―」
顔は翳って見えないが、視線が飛段に向けられたのがわかる。


「名は確か―飛段。」

!!??


珍しく黙って聞いていた飛段の目が驚愕に開かれた。

―なんで知ってんだよ


そう言っている。そう言おうと口を開いた瞬間、


「俺はその暁の財布役でな…経済状況は最近特に厳しい。高額の償金首を捜していたら―永良、お前に一億両の償金がかかっていた。」


反応を窺うような物言いをしてみたが思うような結果は得られなかった。


「何をした。貴様に何故それほどの償金がかけられている。」


ピリリと空間が張りつめた。

確実に今空気が変わった。


「それをお前が知ってどうするのだ?」

「…ああそうだ。聞いたところで結果は変わらん。だが少々此方の情報を持っているようだな。調べたのは連れの名前だけではあるまい。簡単な話だ、俺は暁の情報を握る償金首の貴様を狩るだけだ。」


重くなりゆく互いの狭間で飛段は自分の額にじっとりと汗が滲むのがわかった。


「それは俺とて同じだ。お前達暁には消えて貰わねばならん、悪く思うなよ…。」

ザワワと濡れた木々が揺れる。永良の目が光った気がした。


「一つ訊く。何故貴様は暁を狙う。」


「それも死に逝くお前に不要な答えだ。」

きらりと怪しげな鈍光が目に刺さった。

永良が腰に据えた刀を抜く。シャァッと金属が鞘内を走り抜ける音が響いた。



どろり と黒い邪気が辺りを覆い尽くす。


角都が腕を眼前に突き出す―

飛段が大鎌に手を回す―



「蕾、椿。お前達は飛段を始末しろ。楓、お前は俺の後ろに付け。角都を殺る…」




刹那、永良の背後から三つの影が現れた。

一つは緩い曲線を纏う妖艶な雰囲気の影。

一つはスラリと華奢で淡白な影。

そしてもう一つは永良の腰に届く程度の小さな影。



「おいおいマジかよ。何かやべーの出て来やがったぜ角都!!」


どう見ても三体の影は何れも女のものだが、放たれる覇気が尋常ではない。かなりの手練れだ、本能がそう喚く。



「黙れ飛段。向こうが一人では無い事くらい承知の上だ。お前はどこまで馬鹿になれば気が済む。」


「なっ…!!うっせーよ、馬鹿はお前だろ、馬角都!」


こめかみに血管を浮き上がらせ反論する飛段に、相方は憐れみの目を向け短く言った。


「前を見ろ。来るぞ。」



途端、丘の上の影が二つ消えた―見上げると遥か頭上から二人の影が押し迫って来ている。


「へっ!!言ってる暇ねぇってか!!お前等二人は邪神様への生け贄にしてやるぜぇぇぇぇ!!!」


そう叫んで大鎌を振り上げ攻撃を弾いた。


―ガキィン!
―キン!


刄(やいば)の擦れる不協和音が響き渡る。






角都は丘に残る二つの影を見た。


既に隣で始まった戦闘が気になるも、こちらも油断ならない状況だ。

永良の横に佇む小柄な影に目を向ける。

―子供なのだろうか

放つ威圧感が一段と強い。異様な雰囲気だ。

そう思考を巡らしていると、二人がストンと目の前に下りた。



漸く永良の顔がはっきりと見えた。



あの頃よりは随分と老けているが、やはりその表情は角都の良く知るものだった。


「こんなに近くでまた、お前の顔を見ることができるとはな…角都。」


貫禄はそのままに、何処か悲愴感漂う笑みを向けた。


「…あぁ。それはお互い様だ。」


そう答え、またちらりと横を見た。



まだ年端もゆかぬ少女だった。外見だけなら誰が見ても幼い子供だ。しかし、目が違ったのだ。


この世の終わりを視たかのような冷たい視線。その中に燃え盛る青い炎―凛と光るその絶対零度の瞳に 一瞬呼吸が止まった。



「楓、お前は下がっていろ…万が一の時は頼む。」



少女はこくりと頷き永良の後ろに控えた。


「あの子の親はもういなくてな。」

永良は角都に向き直る。

「自らの命を守る為に彼女自身が殺したのだよ。両親は心が病んでいた。そんな二人がある日、我が子を殺そうとした。子供からしたら親というのは唯一の絶対的存在だ…受けた傷は癒えない。だから楓は大人を信用しないのだ。」


聞いてもいない事を語り出した永良は、何かを訴えようとしているのか―


「楓には強い才能と最高の忍としての器と素質を感じた。だから俺がここまで鍛え上げたのだ。どのみちお前は逃げられんぞ…」


「そんな話はどうでもいい。俺は貴様を殺しに来た、ただそれだけだ。」


それまでの陰鬱な空気を遮断するかのようにピシャリと言い放つ。

「ふっ、相変わらずの頑固者だな、角都よ。お前は昔から頭が堅い。」


そう言い、永良は愛用の鬼刀を角都へと翳した。











「チッ…!!さっきから何喋ってばっかいやがんだ、じじい共…」


飛段は豪快に二人からの攻撃を避けつつ血液採取の好機を窺っている。


だが長くは持たないと感じ始めていた。何せ一人の攻撃スピードが格段に速いのだ。

距離を取ってもすぐに埋められ次の行動に移れない。かわすので精一杯だった。

唯一の救いは もう一人の女があまり攻撃を仕掛けてこないことだ。足を組み、気だるそうに赤紅の口元を緩ませている。

隙を突いて薔薇の棘のような鞭を叩き込んでくる。何処かの女王様のようだ。


―あー、きめぇ。


刹那、その鞭が飛段の両足を捉えた。

バランスを崩して顔面から地面に突っ込む。不覚…
直ぐ様頭上を確認すると、軽快な身のこなしの女が恐ろしい形状の武器を両手に携え振りかぶっている。


(やべぇ!!)

流石に不死身と言えど、あんな形の刃物で滅多切りにされたら修復に時間がかかる。

しかもその修復する本人も戦闘中とあっては期待は出来ない。


―ああぁ、悪ぃ角都!!俺お前に殺されたかった―


そう思い、ギュッと目を瞑りバラバラになる覚悟を決めた瞬間―






「―喝!!」



けたたましい轟音と爆発音が周囲に轟き渡った。

















あの馬鹿は何をやっている。

遠目に見ても一人の女に追い詰められているようだ。

もう一人も出番無しという雰囲気を醸し出している。情けない…


「相方の心配をしている余裕があるようだな。」


―ギィィン!


振り下ろされた刄が、硬化した角都の腕に喰い込む。


「…ほぅ。それが我が里から持ち出した禁術の力か。」


もう片方の腕から触手を出す。

次の一太刀の前に奴の首を絞める…そう思い腕を目の前に掲げたその時、 金粉が舞った―先程の金色の蝶がひらひらと視界を遮る。


甘い匂いに脳が痺れを訴えてきた。



「よくやった、楓。」


俺は何をされたのだ。何故、俺はどうして、此処に…


秒単位で失われていく記憶に、酷く安堵している自分が滑稽だった。


正常に映る視界には、覚悟を決めた武士が最後の一太刀を浴びせようとしている光景が入ってきた。


俺は殺されるのか…








『……おい。耄碌したか、糞ジジイ。』



突如、低いしゃがれ声が鼓膜に響いた。


途端、突風が起こり目の前の二人が弾き飛んだ。


心地よい痺れから覚醒した。


「…お前か、」


普段、あまり目にすることはないが、紛れもない仲間が今現れた。



どうやら飛段の方も間一髪、間に合ったようだ。




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