怪しげな空模様だと思っていたら案の定降ってきた。カビ臭い湿気と共に目の前を遮る無色の雫が徐々に激しさを増す。

笠を被ろうかどうしようか…
はだけた装束の間から遠慮なく雨水が入り込んできている。
あまり心地よい感じではない。



「そろそろ着くぞ。」


考えを遮断して意識を戻すと、林の中にひっそりと佇む小屋が見えてきた。深い草木に埋もれたそれは、十分に不穏感を漂わせている。


「ここで間違いない。」


角都は手に収められた紙切れをもう一度チラと見ながら答えた。


草隠れの里に入ってからかなりの時間を費やした。里の中枢部を避け、外れに位置するこのアジトまで辿り着くのに半日近く歩いた。若干疲れ気味である。


いつも道案内や作戦立ては角都が行う。飛段は雨で乱れた髪を片手で後ろに流しながら、つくづく角都と組んでいて楽だと思った。

後は獲物を見付けたら好きなだけ生け贄にするだけだ。


「にしてもよぉ、お前なんでそいつの潜伏先のアジトまでしってんの?」如何にも子供が世の不思議を親に訊ねるように、あっけらかんと質問している。

「お前は馬鹿か。情報屋から仕入れたこれが目に入らんのか。」

先程の紙切れを見せられた。どうやら殴り書きの地図のようだ。


先日、賞金稼ぎ帰りに馴染みの換金所に立ち寄った。そこの男は裏で情報屋も兼ねており、角都とは古い付き合いで度々有力な情報を持ってくる。なかなか永良の居所が掴めないでいた矢先の助け船だった。角都曰く、概ね信用できる相手だそうだ。

まぁどうせ、金以外のものを信用なんてしてないだろうが。


「ふぅん、そういうことね。」


普段から馬鹿にされ慣れている飛段は、特に気にする風もなくアジトにつまらなさそうな顔を向ける。


「さっき説明した通りだ。お前が陽動で敵を引き付けろ。後は俺が始末する。」

角都が目を光らせる。

「わーったっての!」

瞬間、人の気配がするアジトに向かって飛段は派手に突進していった。


(全く…少しは頭を使わんか。単細胞め…)



ため息をつき、角都もすぐにアジトへと足を踏み入れた。










「…これはどういう事だ、飛段。」入り口で佇む角都は思わずアジト内の相方に回答を求めた。

目標の人物が見当たらない所か、忍らしき男が一人必死で虚勢を張っているだけだ。

一体どうなっている。


「どうもこうもねぇよ!入った時からこいつしかいねぇんだよ!」


飛段も心底驚愕している様子で目の前の忍と向き合っている。


しかし、その男の目は違った。

額に汗を滲ませ、恐怖と覚悟の織り混ざった眼光を放っている。


―これは罠だ。


永良は何らかの情報で我々が来ることを知り、此処にこいつを残して姿を眩ましたようだ。


また取り逃がしたか…

まるで雲を掴むような鼬ごっこだ。

今回ばかりは情報屋からの手掛かりだったせいもあり、余計に悔しさが込み上げる。


「お前達は俺が足留めする!!」

目の前の忍が声を張り上げた。黒地に赤雲紋様の装束の中を広げ、何百と仕込まれた武器を取り出し猛然と走ってくる。


飛段が大鎌を振るう。


男は片腕を失くした。


が、巧みに仕込み武器を使い飛段の動きを止めた。


そして怯まず角都に向かって突進してきている。
こういう捨て身の輩ほど厄介なものはない。自分もろとも相手を道連れにする覚悟を決めている。

しかし、角都は何もしなかった。


飛段の身体の色が変わる―
邪悪な空気が部屋を埋め尽くす。



黒い骸骨がニヤリと笑った刹那―断末魔の叫びが辺りに響き渡った。



「永良様…申し訳…ありま、……グフッ」


急所を一突きにされ、暫くして男は息絶えた。


一人佇んでいた角都は、たった今主の為に命を落とした"同胞もどき"を見下ろした。こんな雑魚を始末したところで何も始まらない。また振り出しに戻るのか…
角都は大いなる失望を抱きため息をついた。


そんな落胆の最中、地に伏した男の顔面に何やらジワジワと暗号の文字が浮かび始めた。


「ん?なんだ、こりゃ。」


流石の馬鹿もこれには気付いたようだ。


「…そういうことか。俺達はまんまとあいつに躍らされていたという訳か。」



まだよく状況が飲み込めていない飛段を他所に、角都は直ぐ様アジトを後にした。


「ちょっ!角都待てよ…!!!」


慌ててアホな相方もアジトを飛び出してきた。


先程より更に雨脚は強くなっていた。打ち付ける水滴が痛い。おまけに視界もすこぶる悪い。


「気に食わんな…。奴は初めからこうなることを読んでいた。俺達がここへ来ることも計算ずくなのだろう。」

やはり気のせいではない。

角都は苛立っている。


それも相当に。



「一体どうしたってんだよ!」

飛段は先程の暗号の内容を知りたがっている。


「ここはフェイクだ…。どんな理由かはわからんが、俺達が嵌められているという事だけは明らかだ。恐らく時間稼ぎだろう。」


こんな時角都は歩くスピードも無意識に速くなる。飛段もその時ばかりは仕方なく相方に合わせるのだ。それにしても、年寄りが無理してカタカナを使うなんて不自然極まりない。いつもならここで突っ込むところだが、今は言わないでおこう。

やはり少しは空気は読めるらしかった。


「さっきの暗号は"4時の方向に10km"と浮かび上がっていた。恐らく奴が仕込んだ暗号だろう。対象の命が尽きた時に発動するようになっていた。」


淡々と語る口調とは裏腹に、角都の瞳は鋭く細められる。


「年月とは恐ろしい。」


そう呟いて奴の次なる居場所へ向かって二人は進み出した。

笠はやはり必要だ、と渋々取り出し飛段は頭上へ乗せた。



距離にして10km、小規模な里だが、外れから外れまでの大移動だ。
さっさと片付けて今日は早く寝よう。

いや、その前に邪神様に祈りを捧げなければ。どんな理由があろうと儀式だけは怠れない。




そう決めた飛段だったが、これから待ち受ける試練の事など 知るよしもなかった。





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