まるで世の摂理の縮図であるかのような波紋状の眼が、眼下に拡がる無機質な世界を見下ろしている。束の間の雨上がり空に鳥が飛び交う。
曇天は、晴れの快気や雨の憂鬱の悲喜に惑わされることなく静かに己の内面と対峙できる。


ペインはお決まりの位置で決して晴れることのないこの国を眺めている。その瞳の奥の真意は誰も読むことは出来ない。


「それで、どうなったの。」

小南もまたいつものように、ペインの背負う想いに自らの意識を重ねて問う。


視線はそのままに、尚も無機質な面持ちでこの国の神は天使に語る。

「奴の目的が我々暁の潰滅となると、向こうもそれなりの手札を持っている筈だ。まさか、この組織を一人で消せると思う程愚かではあるまい…。」


「…。」


「向こうの力が未知数の今、角都達で始末できなければ我々残りのメンバーにも危険が及ぶ。今は欠員の補充や任務に支障をきたしている場合ではない。」


「それで―」



「今確実に敵を殲滅しておく。『目には目を』だ。これで奴、いや奴等の計画は終わる。」


小南は強くも悲しげな背中を見つめていたが、それ以降は何も言わなかった。ペインの意識の先に視線を送る。

相変わらずな曇天の空に 鳥が自由に羽ばたいていた。


哀しみの螺旋階段は続いている。

世界はいつになったら 本当の意味の「光」を見付けることができるのだろうか―













あれから数時間かけ、今ようやく高原が目の前に広がっている。降りだした雨のせいで視界が悪いが、かなりの標高がありそうだ。高原と言っても小規模な山程の存在感がある。

ここを越えるだけでもまだ後半日かかりそうだ。


サソリもデイダラも深く笠を被り、出来る限り雨風に視界を奪われないように進む。


嫌な雨だ…。

二人は珍しく同じ嫌悪感を抱いていた。

水分を含み過ぎた紙がジュクジュクと腐り落ちていくような 法則性のある物体が徐々に剥がれ落ちていくような胸糞悪い感覚である。




『…デイダラ、ちゃんとまだ粘土は残ってんだろうな。』


陰鬱な空気を先に破ったのは、意外にもサソリだった。


「あぁ、充分とは言えねぇがオイラの芸術を披露すんのには問題ねぇ、うん。」

デイダラは突然の質問に一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに強気な笑みに変わり くぃと笠を指で押し上げる。


『…てめぇの芸術なんざどうでもいい。戦れるだけの準備はできてんのかって聞いてんだ、餓鬼。』

サソリは心底苛立たしそうに睨み付け質問の返答を待つ。


「おい旦那!!オイラの芸術がどうでもいいとはどういう事だ!!」


ぐりん、と音が聞こえる程の勢いでデイダラは無礼者に首を回した。

その目は大きく見開かれ怒りに満ちている。もはやサソリの言葉は耳に入っていない。


『チィ…そのままの意味だ。もっと解りやすく説明してやろうか…。』


ズルズルと体を進めながら笠の中からチラとデイダラを睨む。

瞬間、血走ったつり目が両の手を素早くポーチに突っ込み一歩飛び退いて戦闘体勢に入った。が、視界が急に傾き強い圧迫と浮遊感の後にサソリが一回り小さくなった。




ぱさ と地面に笠が落ちる。


ヒルコの尾により高々と持ち上げられた身体が雨に打たれる。

そして次の瞬間には重力と遠心力を纏いながら地に叩き付けられた。


―ぐぁッ!

べしゃっと音が鳴る。


…ったくこの好戦的な質にはいい加減うんざりだ。サソリはため息をつく。


「くッ…なに、しやがんだ、クソ旦那…。」


デイダラは片膝を付きヨロヨロと立ち上がる。ほの暗い視界なのに鋭い眼光の中に炎が燃えているようだ。


もう一度ポーチに両手を突っ込み粘土を咀嚼させる。



(いくらサソリの旦那でも我慢ならねぇ。痛い目見せてやらぁ、うん!)


『任務を忘れたのか?』





サソリが至極冷静に言葉を発しギロリと笠の下から睨む。

『今はてめぇの下らねぇ喧嘩に付き合ってる暇はこれっぽっちもねぇんだよ。』

それだけ言うとくるりと背を向けまたさっさと進み出した。




何だよ…戦闘放棄かよ。
しかもその任務内容を黙ってんのはそっちだろうが!


色々と言いたいことが頭の中を駆け巡りすぎて、デイダラはただサソリを睨み付けている。



『…それに。
そいつはてめぇの唯一の武器だろうが。』

「…!」



デイダラは咀嚼させていた手を止めた。



『無駄遣いすんじゃねぇ』



相変わらず判らない相方だ。


突き放すのか 心配するのか どっちかにしてくれ。


「何だってんだ、意味わかんねぇ、うん。」



そうぼやきながら、デイダラは笠を拾いサソリの後をゆっくりと追った。

先程の怒りはもう雨に流されていた。




何故か進路が大きく左方へ逸れている。

どうやら高原を渡るつもりでは無かったようだ。

雨脚が随分と強くなってきた。角都達の所へ行かなくても良いのだろうか…


だが聞いたところでまた吊るし上げられるのは勘弁だ。言うのは辞めよう。


この歳で高い高いをお見舞いされては生き恥晒しだ。
クソが。いつまでも人を子供扱いしやがってボケ老人め、覚えてろよ。







夕刻の時雨の中、二人の影が濃霧に消えた。






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