湿気の立ち込める山林の中、靄(もや)が覆い尽くす泉の畔で激しい戦闘の息遣いが木霊する。

金属同士の不気味な衝突音は尚も鳴り止むことはなく。


「ハッ─!──くっ…、は─!」

飛段は額に夥(おびただ)しい量の汗を蓄え、殺し屋の軽やかな殺戮技を弾き返す。

そもそも本来この位置は俺だ、と思えてならないのだが、立場逆転でもしない限り負け犬の遠吠えと同じ訳で。


だが…



(………っ、…)


瞬きすら儘ならない状況下で、飛段は徐々に椿の攻撃パターンを読み始めていた。

左腕を地と平行に振り払った後、必ず右腕を大きく上に振りかぶる─
その僅な隙しか 今の飛段には勝算になりうる事案が無かった。

(──!、今か…!)

─ガキィィン!


一際大きな鋭音が辺りに響き渡る


次の瞬間、肉を断つ嫌な音が続く。





「──…、」


ぷしゅ、プシュッ…と腹部から鮮血を吹きこぼしながら、目の前の椿は亡霊のように佇む。


「ハハ…、やっとかよ……ざまぁみやがれ!」

肩で息を繰り返す飛段は、漸く仕留めた獲物とその血液が付着した大鎌を見上げる。

「ここまで来んのにけっこー時間くっちまったが……、ヘッ!お待ちかねの儀式の時間だ!今からてめぇに最高の痛みを味わわせてやるぜェェ─!」

大鎌を傾けその血を取り込もうと舌を出した刹那──

─ギィャンッ!



ガラン、 と遥か後方に大鎌が吹っ飛んだ。


「!──…、」


突然の出来事に瞠目する飛段の目の前には、未だ真っ赤な血を滴らせる椿が。
そして手には新たな武器。ヌンチャクのように撓る動きをするそれは、お決まりの鉄棒では無く 棘鉄球がもう一方にぶら下がっている。
質量が重い程破壊力を増す投球武器は、殺傷力を兼ね備えた形状へと洗練され 普段の生業を彷彿とさせる。

だがその表情は、まるでこの事態に不釣り合いな程に無表情で、苦痛という感覚を知らぬ人形のようだ。


「お前、もしかして…痛みを感じねぇのかよ──」


左目の 開いた瞳孔と傷痕が飛段の背筋をゾクリとさせる。
骨が見える程の裂傷にも、彼女は無反応に佇む。

「マジかよ……」


無言の肯定が 飛段の心を打ちのめす。
己の唯一で最大の"痛覚"での精神崩壊が何の意味も為さない
降りしきる雨が、大鎌に付いた血を洗い流していく

椿が地を蹴った─


飛段は直ぐ様 槍棒を取り出し伸長する─

「……この背信者がぁ…!痛みと信仰を知らねぇクソヤローには、大いなる神の裁きが下るぜェェ─!」


両者の間に激しい火花が散る


─コイツとは噛み合わねぇ…!俺の信仰の定義を侮辱してやがる…!


「─!!」

槍棒が宙に舞う



眼前には鉄球─


(あぁ、やべぇ…俺の頭蓋骨─)

暢気にその後の症状を思い浮かべた時──

「ぅおっ─!?」


目の前を何かが凄い速さで横切った。風圧で飛段は一歩後退る。


「すっとぼけた顔してんじゃねぇ、うん!──喝!」

上空を見上げると、梟に捕らえられた椿がそれごと爆発した瞬間が目に飛び込んだ。

ゴォォン…と辺りに轟音が響き渡る。


「あ、あり?あ…!忘れてた!」


ブヮサァ…、と巨大な鳥が羽音を響かせ地上に降り立つ。


「あぁ!?忘れてただと?てめぇ作戦の意味ねぇじゃねぇかよ、うん!」

金髪の青年は鳥の背から着地しながら銀髪に喚く。

「ヘヘッ!ま、結果オーライってことでナイスだぜェ、デイダラ」

「……ケッ、オイラの苦労は何だったんだ、うん」

ニカッと笑う飛段を尻目に、デイダラは再び 飛び散る肉片と爆発痕を確認した。







────────────







取り出したモノは 既にチャクラを練り込んでおいたC3のオハコ─
だが今までの翼を拡げるバージョンではなく、マトリョーシカタイプの連続爆発用起爆粘土だ。

最新作だがまだ試験段階の為 今回の任務で具合を図る予定だった。

─こいつにはちょうどいい

己と同じく上空を自由に行き来できる奴だ、投下タイプでは狙いが外れるのは目に見えている。

デイダラは痛む身体を叱咤しながら 起爆用チャクラを送り始めた。

「ぐぁあっ!ぅ…、」

途端に強い電流が行動を阻止する。

「ウッフフフ…、そんなので何しようってんだい?もうあんたの花火は喰らわないよ坊や」

身体のどの辺に埋め込まれたのか、神経を集中させ探ってみるも 繰り返される末端までの痺れにそれすら叶わない。

(─クソッ!)

今までの敵とはまるで勝手が違いすぎて、思うように己の芸術が披露できぬ事実にデイダラは歯ぎしりをした。

「あんたの謳う"芸術"とやらも、結局そこまでのもんだってことさ、ウッフフフ…」

「なんだと─!?」

デイダラは即座に血相を変えて蕾を睨み付ける。

「性質変化の優劣の関係はあくまでも優勢か劣勢かでしかない、その先はその忍の"力"次第さ。つまり、あんたの花火じゃ到底アタシにゃ叶わないって事さ」

デイダラのこめかみに青筋が立つ。

「ふざけんな…!!オレの芸術がテメーに劣るだと!?なら存分に味わわせてやるよ──その言葉後悔しても遅いぜ…!」

目を血走らせ怒りに叫ぶデイダラは 憤怒に沸き上がる血液とチャクラの流れを右手のオハコに集中させる。
だが、その時─

(──!?サソリの旦那…!)

視界の端で何かが急に動いたと思ったら、遥か下界でサソリが本体の状態で吹っ飛ばされたところだった。

─何やってんだ、ヒルコはどうした…!

まるで状況が解らないデイダラは、そのまま視線が釘付けになった。

「……他人の心配なんかしてる余裕があるのかい?」

急激な痛みにまた意識を目の前に向ける

「…、他人じゃねぇ、サソリの旦那は…オイラの相方だ─!…たとえ今、オイラの事が、眼中になくてもな……うん─!」

すると、蕾は赤い口を歪めてクツクツと体を震わせる。

「認められてもいないのに"相方"だって…!?ウッフフフ…バカ言っちゃいけないよ!思い上がりもいいとこだねぇ坊や」


 空が また轟いた

 視界が 豪雨で暗くなる



「……、その軽い口、何とかなんねぇのか……」

一際低い声が静かに響く

「…何だって?」

ピクリ、と蕾が反応する



「よく喋るなって言ってんだ…… せっかくの"イイ女"が台無しだぜ───
  オ バ サ ン──!!」

途端、蕾の瞳孔が開き 薄暗い空間に稲妻が迸る
辺り一面が ピピッ と光る

「──…、言わせておけば……この小僧!!」


─今だ、

感情の乱れで電流が止む一瞬の好機を デイダラは逃さなかった

瞬時に練り上げたチャクラをオハコに込め、蕾の双丘のど真ん中に押しつける


   喝───!!

眩(まばゆ)い閃光が視界を覆い尽くした刹那───

バシンッ─!


あろうことか 鞭によって強烈に弾き飛ばされたそれは、遥か上空で大爆発の連技を繰り返した。

(─しまっ……!)

思考停止の次の瞬間、──




目の前に巨大な三刃が現れた



デイダラは 一瞬唖然としたが、その次に はぁ、とため息をついた。


「やっとかよ…、いつ出てくんのかと思ってたぜ、うん。」


デイダラは漸く地上へと高度を下げ、一足先にそこへ叩き飛ばされた蕾を見た。








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2012.10.31
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