壱



 夕闇がかった空が深い森に襲いかかろうとしている。橙と群青が混ざったそれに 墨を溢したような漆黒が迫る。


青々としている筈の山々はそんな空からの重圧感に徐々に黒い塊へと姿を変え始めている。

辺りは変に静寂に包まれていた。時折、遠くの木の上で鳥が鳴く。

只でさえ薄暗い森の中 だんだんと視界の明度も落ちてきた。


「もう日が暮れるな…うん」


そう呟いたデイダラは心なしか歩調を速め目的地へと向かう。


上を見ると 道脇に聳える木々に挟まれた緋黒い空がゆっくりと落ちてきている。

また 何処かで別の鳥が鳴いた。


ふわりと抜けた夕風に傘暖簾が乱れる。 カサカサと乾いた音が耳元で鳴る。

一瞬、火薬の匂いが鼻を掠めた気がした。



途中で山道を逸れ深い茂みの中へ ずんずんと進む。


ザリッザリッと土草を踏む音と草木を掻き別ける音だけが辺りに響く。飛び交う昆虫類を時折払いながら先刻の任務を振り返る。




実に芸術的だった。あの画を思い出すだけで全身の血液が沸騰する程の興奮が身体中を駆け回る。

網膜に焼き付いたその映像を何度もリピートしていると自然と口元が歪んでしまう。




ふと、水音が耳に届いた。ザァァと流れる小規模な川の音。

デイダラは一旦思考を中断して、その音の方へ足を進める。






『…遅ぇぞデイダラ』


目的地である川沿いの崖上にある小岩に辿り着くと、既に不機嫌なオーラを惜し気もなく放つ相方がいた。

随分と早く片付けてきたのだろう 苛立ちの他に蔑みの眼差しも寄越された。


「ちゃんと日没までに戻ってきてんじゃねぇか、それに 旦那よりいい情報を手に入れたぜ、うん。」


そんな視線を気にする風もなく、デイダラは楽しげに声を上げた。得意気ですらある。


『…ふん、お前のことだ。どうせ録なもんじゃねぇだろうが、時間を掛けただけの結果は出せたんだろうな。』


サソリはいつものように嫌味を吐いたが、デイダラはごそごそと装束の中を漁り聞いていない。


狭暗い空間の中で思いきり眉を顰めた瞬間、「これ見ろよ、旦那」といきなり何かを突き出してきた。



サソリはデイダラの手に収まるそれを見た。只の巻物だ。何処にでもある色、大きさ。しかしそれが他を欺く極秘書物の可能性は否定できない。


訝しげに見つめていると、「只の巻物じゃないぜ」と言ってしゅるりと目の前でそれを拡げて見せた。


既に封が解かれているということは、こいつはこの中身を確認したのだろう。


相変わらず上機嫌なデイダラの笑みを他所にサソリは巻紙の上の文字に意識を向けた。




一通り全ての暗号化された内容は読んだものの、これといって組織が欲しがる情報はなかった。ただ通常の物と比べると紙が少々厚いだけで、里の歴史の真相や秘術等が記されているだけだ。一体何なんだ。眉間に皺を寄せ、収まっていた先程の怒りが沸々と沸き上がってきたその時、違和感を覚えた。



巻紙を完全に拡げきったままそこを凝視する。
巻物の中心軸の際にうっすらと線が見える。軸と平行に沿って上から下まで入ったそれは、光の加減では見えなくなる程に存在を消している。


やむを得ん…細かな作業はこのヒルコには難儀である。


普段は開閉する場所ではないが、サソリはヒルコの頭部を外しそこからスッと己の腕を伸ばした。ヒルコの手に乗ったままの巻物を掴むと、中へズルリと引っ張りこんだ。



そんな暗い中で一体何が見えるというのか。その光景を見ていたデイダラは、嫌な物でも見るかのような表情で首無しのヒルコを眺めている。




サソリはその線に指を這わせる。どうやら切り込みの様だ。ぐっと山折りにし、爪で軽く引っ掻いた時 中から薄い紙が見えた。 これか―


それを摘まみゆっくりと引き抜く。巻紙の中に更に巻紙が入っていたのだ。隠し扉を見つけた以上、極秘書物であることは明確。



首からの光では充分な明るさは望めないが、文字を読むには充分だった。


サソリは早速第二の巻紙に視線を滑らせる。

『…?』

見たことの無い暗号だ。恐らくこの賊共が独自に作った共通文字だろう。


『…チィ。行くぞデイダラ』


そう言ってサソリはヒルコを元に戻しながらズルズルと進み始めた。


「うん!?行くって何処に!??」

巻物の反応を待っていたデイダラは、あまりの展開にその場に立ち尽くし目を見開いている。


『…てめぇ、まさかこの暗号が読めた訳じゃねぇだろ』
ちらりと振り返ったその目は、恐ろしく苛立っていた。


「あーいや、読めたっつーかそんな場所に隠されてるモンが大事な情報じゃ無いわけねぇだろ!?うん」


『……。どうせそんなことだろうと思ったぜ。何が良い情報だこの糞餓鬼。読めもしねぇくせに偉そうにしやがって』


そう吐き捨て、また前を向いて進み出した。

「んだよ、旦那なら読めると思って手に入れたんだぜ?ってか何処行くんだよ!!うん!?」


予想通りで期待外れな結果に少し落胆しながらもデイダラはサソリの後を追う。


『…さっきの奴等のアジトへ行けば解読の手掛かりになるものがあるはずだ。てめぇの出来はそこで決める』


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