(怨蔓草演─!)

グオオォォォォ!




凄まじい勢いで藁人形がサソリに接近する。


本体は草の塊だが、殺気が尋常では無く明らかに何か仕掛けられているに違いない─

サソリは素早く新たな巻物を取り出し、次の傀儡に糸をつけた。



人形の両腕から数多の蔓草がズルリと唸り出る。


防御力の高いそれは羽のような腕を回転させサソリの前で攻撃を受け止める。


ギュァァァ! と摩擦音が響いた後に蔓草が辺りに飛び散った。


その隙にもう一体 攻撃用の傀儡で本体を奇襲、殺傷能力が高い螺旋刀で仕留めるが──刹那、蝶が舞い傀儡はみるみる崩壊、更に次の傀儡へと切り替えて行く。



(こりゃ消耗戦になりそうだ………埒があかねぇ…………)



途端、藁人形の口からまたも蔓草が飛び出しサソリの身体を拘束、腹部から ぞろり…と口を開けた植物が這いずり出てきた。


まるで食虫植物の様に蠢くその物体は、牙のような棘の間から消化液を垂らし ギィィィッ、と奇声を発しながらサソリに襲いかかる。



(チィ…!分解の次は消化かよ───)



迫り来る"己の消滅"に抗うべく、サソリは滑るように指先を操る。




   (砂鉄時雨─!)





左薬指にだけ付けておいたままの糸を勢い良く引き、頭上から鉄の雨を降らした。



怨念を糧に再生する人形も、鋭い雨で四肢を裂かれ、鉄の磁力によって拘束された。
こうなれば、傀儡であるサソリには怨霊も幻術も効果はない。




楓の無表情に陰が差す。




「──、世界は………本当は楽しいのか?」


黒い雨が治まっても、未だ重い空からの涙は枯れない。




「父と母は………本当は優しいものなのか?」



『……………』




「"幸せ"とは……どんな気持ちなのだ…………」



天が 悲しみの声を上げ轟く





「願いは………叶えることが、出来るのか?」






サソリは 懐から最後の巻物を取り出した。




楓が印を組む───



 美しい 金の蝶が狂い咲く───


まるで、"生きている" と 誇示するかのように




サソリが悲しげに腕を振るう






あぁ、 この世は何故 こんなにも残酷なのか





辺りに飛び散る血飛沫が、非情の雨に流されていく。


「──、グッ………フ、……」





膝から崩れ落ちた楓の傍らには、サソリが幼き頃に切望し続けた 両親の傀儡が佇んでいた。





使う事など無いと 思っていた。


─チヨ婆すら知らない 俺の里抜け後の作品だからな


未だ絶ちきれぬ想いに、自嘲しながら造ったことを思い出す。





「これが──、お前の……父と…母、なの、か………」







 愛を知らぬ 幼子に





「あたたかい、のだな…………」









 最期くらい、せめてもの 温もりを










途端、一瞬視界が揺らいだと思ったら 目の前に崩壊した筈のヒルコが現れた。


それ以外も、分解された他の傀儡達も無傷で蘇っている。



『全て、幻術だった………のか?──、何故、傀儡の俺が……』




「身体など………関係ない─── 我の幻術は、"心"にかけるの だ…から─ 」




 心─だと?
  そんなもの、とうに捨てた筈だ──




─どうやらこいつは結局、幻術を使わなくとも 俺の中身が見えるようだ…


(やっぱりあの目は、苦手だ……)




雨に打たれ、サソリは静かに喉を鳴らした。






雲の切れ間から 一瞬、御光が射した。



微かに暖かな光は 楓の周りだけを照らし、雨が止む





「あぁ、父上と 母上だ………あんな、ところに いた──」



もう見えぬ瞳に 楓は涙を浮かべ 天へと腕を伸ばした。




「次は─わたしも…連れてって───」




柔らかな旅立ちと共に、楓の身体は冷たい雨の中へと吸い込まれるようにして倒れ
そして、短き命に幕を下ろした。









静かに佇むサソリの紅い髪から




一つ、また一つと





雫が零れ落ちた。








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2012.9.23
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