煙と共に姿を現したのは、賢人たる顔立ちの黒髪の男


丁寧に結われた髷の下には冷鋭な切れ長の目が開く。

生を抜かれたその器には、至る箇所に接続・可動線が入り両の眼は焦点が合っていない。

しかしながら 明らかに脅威を放つその様は、やはり里影の威厳か操者によるその施術のせいか。



 (千手操武─!)



互いに刻をかけない運びでやるのならさっさとケリをつければいい。


サソリは素早く指を操ると、三代目の両腕が前方に突き出し、 突如として大量の傀儡の腕が襲いかかる。



ズオオオォ!




それまで無表情だった楓は一瞬、降りかかる千手との距離と位置を確認すると同時に、寸でのところで回避、後方へ飛び退く。

今までの足場には ズゴゴォッ…! と千手の束が地面にめり込み、次いでその後ろからは新たな腕の大波が唸りを上げて迫り来る。


金の蝶が乱舞する─


それに触れた途端、楓を捉える筈の千の腕は みるみる間に目の前で塵土と化し崩れ落ち、そこに無惨な塊を造った。


『───、チィッ……』

ヒルコもそうだったが、やはりあの金の蝶の前では物理攻撃は効かない。


どうする──





小さな身体を囲いながら、次の出番を待ち構えるように 金粉が楓を包む。



サソリは小指を動かし風影の千手を切り離すと、そのまま前方に突進させた。




 蝶が舞い上がる─



三代目に触れるその瞬間─、ピタリと突進を止めた風影の後ろから突如として細身の男が出現、四本の手を広げ楓に覆い被さり地に固定した。


「くッ──、」


三代目の死角で気付くのが遅れた楓は、別の傀儡に捕らえられ声を漏らす。


『ククッ、そいつは捕獲型だ…』




刹那、蝶が群れ 徐々に楓の拘束を蝕んで行く。

ボロボロと傀儡が土に還って行く。





「我にこの攻撃は無意味だ」




『─……それはどうかな』



楓の身体の上には土に還った傀儡の砂塵。

特に異変は見られない。
だが─



「──、!?」



漸く自分の状況を理解した楓はサソリに視線を移した。

「さっきの傀儡……」


『分解される前にチャクラ糸をお前に付け替えた………物理攻撃が効かねぇんなら─』


楓が歪に立ち上がる



『直接操るまでだ───』




絶対零度の瞳が揺れる。

相も変わらず無表情の中にも、微かな動揺の灯が灯った。



『さぁ……、選べ。このまま操られて谷底へ堕ちるか─、切り刻まれて失血死するか。それとも、─ククッ、俺のコレクションになるか───』




四肢をチャクラで固定され身動きが取れない楓は、じっとサソリを見据えている。

楓の足が一歩、後退る。


一歩、また一歩と歪な動きで後進させられる。


この先には深い渓谷だ。

一度堕ちた者はその激流に喰われ二度と戻れない。




楓はそれでも静かにサソリを瞳に映している。



─チッ…なんだ、この感じ………


先程から自分にまとわりつく不快感に舌打ちする。




そもそも始めから気に入らない。 こいつの容姿が。



片顔隠れたツリ気味の瞳。


初めて見た時のアイツだ。



四肢を捕らえているのはこっちなのに、その眼にサソリは囚われそうになる。



ザリ……、と谷淵まで楓を追い詰める。


後は 糸を弾き、身体ごと宙に浮かせたら切り離すだけだ。



サソリはチャクラを練り、指先に意識を集中させ糸の硬度を上げ始めた。








………










「………?…」


一向に突き落とされない現状に楓は目を凝らした。




互いを隔てる雨の音だけが鼓膜を叩く。




「お前は……」


崖淵ギリギリの場所で楓は堅い口を開いた。



「お前は、あの男のことが、特別なのか」


互いの頬からポタポタと雨滴が落ちる。


『何だと………?』



サソリはギロリと視線に不快感を込める。




「相容れない存在に複雑な感情を抱きながらも…失う恐れから相手を無意識に拒絶している……」

サソリは鋭い目付きで楓を睨む。

妙に左胸のあたりがざわつく。



「恐れるな。人は大切な者を失って初めて本当の強さを知る。絶望は不要な感情を潰してくれる───あの男は間もなく蕾に敗北するだろう…」



灰色の天空から轟音が響き始めた。


アイツはこれが嫌いだ──


ふと、遥か右方の戦闘を垣間見る。



(─チィ…!、何やってやがる、あいつ───!)

見ると上空で例の女に羽交い締めにされ、問題の奴は微動だにしていない。



「もう終わりだ。とどめは我が刺す。お前を倒してからな──」


 …何だと?

サソリが視線を楓に戻した刹那──、


『グフッ─!』


全身が何かにより吹っ飛ばされた。












この身体で良かったと感じる瞬間はこんな局面なのかもしれない。


通常ならば痛みで気絶するところを、こうしてすぐに体勢を立て直せる事実が。


末端の関節まで異常無く機能することを確認すると、サソリは先程まで自身がいた場所を見た。


崖っぷち手前で佇む楓の前に、不気味な空気を醸し出す物体が威嚇している。


それは一見 草の雪達磨のようにも見えるが、細部を注視すると藁人形そのもので、滲み出す怨念が漂いその四肢は楓の指先と繋がっていた。




 聞いたことがある─



サソリは楓の額当てを見ながら記憶を手繰り寄せた。



五大国が建国されて間もなく、絶滅地帯にひっそりと創られた 鬼の国 "卍隠れの里"


罪人や難民が最終的に流れ着く、謂わば"生ける墓場"として存在するその里は、殆ど他国には知られていない。

其処は 光ある世界の為の廃棄所であり、法も無ければ秩序も無く、まともな精神では明日を迎えられぬ程の惨場と聞いていた。


其処の忍は特殊な能力を生み出し、怨念や悪霊を操る秘技を身に付けたとか。


"死神"と恐れられた卍の忍も今では各国に分布し、永き刻をかけてその能力を普及しているようだ。


─この組織にも そういやぁ一人いたな……


サソリは脳裏に過った能力に染まっりきった信者を思い出した。



そんな地獄の中で生まれた少女───




角都の加勢の直前に聞こえた楓の過去。


サソリは心の奥の棘を宥めた。


今 対峙した時の共鳴を理解した。




幼き頃に孤独を背負い 愛に飢え 代替物で苦悲を紛らす


その成れの果てが"操演者"という結末。






楓が五指を動かす──


藁人形が毒彩を放ち浮かぶ



(てめぇの苦しみは、俺にしかわからねぇ………)







 さぁ、 来い───









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2012.9.23
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