独走
小さな集落をいくつも抜け、峠を超え川を渡る。
あれほど耳障りだった蝉の音も、今は斜光と共に弱まりをみせる。
徐々に視界に霞が掛かり始め、国境が近い事を物語るとサソリは辺りの気配を窺うように視線をさ迷わせた。
少し離れて後ろに続くデイダラも相方の異変を察知し回りを警戒する。
間もなく雷の国だ。
指示を出すまで大人しくしろと言われてから今に至るまで、会話と呼べるものは一切無く、デイダラはただ無言で進む男についていくだけ。
だんだんと霧が濃くなり足場も悪くなる。
人目に付かぬ崖道は極端に細く、幼いデイダラの体力を順調に奪っていく。
(…休憩してぇ)
しかし、長い沈黙が破られたのはその直後だった。
『此処で一旦止まれ』
山肌に面した洞窟らしき小さな洞穴に近付いていくサソリを見る。
中に消えても特に異変は無かったのでデイダラもそれに続いた。
『この先からは警戒を怠るな。俺の準備が整い次第出発する』
「やっとか…オイラはもう準備万端だぞ、うん!」
そう言って両脇のポーチに手を突っ込んだ。
結局何の情報も無いまま此処まで来たデイダラだったが、腰を下ろした途端、急激な眠気に襲われた。
流石に一日中歩きっぱなしの移動はキツい。
だが、このつまらない状況と相方に、漸く己の芸術を披露出来るんだと思ったらそれも堪えられた。
『てめぇは待機だ』
次の言葉にデイダラの意識は覚醒する。
「は─?」
寝耳に水とはこの事だ。
想定外の言葉にデイダラの口は半開きのまま固まっている。
『今回の任務での戦闘はねぇ。言ってみりゃこれはただの"調査"だからな』
暗い洞窟内に低いしゃがれ声と水滴の滴りが響く。
『敵の程度を調べるだけだ…俺一人で充分だ』
湿気の充満したこの洞穴は、夏とは思えぬ程にうすら寒い。
そんな場所でサソリは巻物を拡げたり部品を出したりしまったりを繰り返す。
「…だからって何でオイラが待機なんだよ!二人一組が決まりならオイラにだってやる権利はあるだろ…うん!」
己のプライドを守るべく必死に喰いかかるデイダラ。刹那、鋭い眼光がそれを貫く。
『……二人一組の意味解ってんのか、糞餓鬼…』
重い 怒気。
『一緒に仲良く行動する事が常だとでも?笑わせるな。…てめぇも一端の忍ならそれくらい考えてから口を開け』
「な──、」
言い返そうとしたが、言葉が見つからなかった。
それがとてつもなく悔しくデイダラは奥歯で強く歯ぎしりをする。
(オイラの実力を知らねぇ癖に)
待機だと? 二人一組だと?
解ってねぇのはそっちだろ。
再び訪れた沈黙も、デイダラ自身の中に轟く爆音で意味を成さなかった。
≫
2013.12.8