泣く子も黙る程の凶悪な面を持ちながら存外にお人好しであるこの男は、本人は決して認めないけれど、実はサディストの気があるのではないかと思う。ほんの少しでも気を抜けばみっともなく声を漏らしてしまいそうな唇を噛み締め、非常に腹立たしいことに珍しく機嫌の良さそうな顔をしたスモーカーをローは睨め上げた。
 そもそもいったいどこで間違えてしまったのか、まったく思い出すことができない。いつも通りだったはずだ。夕飯も風呂も明日の支度も済ませ、どっかりとソファーを占領してくだらないだけで面白くもなんともないバラエティ番組を惰性のように眺めるスモーカーの手から、害悪の塊でしかない煙草を取り上げた。不愉快だといわんばかりに眉間に刻まれた皺を人差し指で伸ばしてやりながら苦みの強い唇に己のそれを重ねてしまえば、この先を拒まれることは随分と減ったように思う。手を伸ばせば届く距離はそれなりに心地良かった。
 けれど、そこからがいけなかった。普段からこういった行為に対して乱暴な男ではないが、今日はなぜだが異常な程に馬鹿丁寧に触れてくる。壊れ物じゃねェんだ、と僅かな嫌悪を示したところでその態度が変わることはなく、薄ら寒いものが背筋を這った。
 いつもの倍の時間を掛けてじっくりと解された後孔は本来受け入れるための器官ではないというのに息苦しい程の圧迫感を覚えてなお痛みを訴えることはなく、それでもようやくスモーカーの(初めて目の当たりにしたときはさすがにこれは無理じゃないかと少し怯んだ)男根をすべて受け入れた頃には、もはや指一本動かすことさえ億劫な程に疲れ果てていた。屈強な肩に担がれた右足が頼りなく震える。
 自ら誘った手前早く終わらせろと弱音を吐くのも癪ではあったし、この後に待つ快感を期待してしまう程度にはこの行為に慣らされていた。本当に、油断していたのだ。
 こちらが落ち着くのを待っているのか、内壁が異物に順応するまでの締め付けを楽しんでいるのか、いずれにしても腹立たしい程に余裕をもって、スモーカーはぐずぐずに綻んだローの後孔を弄んだ。ゆっくりと抜け落ちるぎりぎりまで引き抜き、同じだけ時間を掛けて最奥を犯せばおんなのように濡れることがないそこをつくり変えるための潤滑剤が粘着質な音を響かせた。乱れた呼吸を整えようと浅く呼吸を繰り返していたローが不意におかしな声を上げたのは、そのときだった。
 連日の寝不足が祟ったのか、執拗な前戯に融かされていたからなのか、少なくとも普段の彼であれば誤魔化すことは難しくなかっただろう些細な反応に動揺したのは、ロー本人だった。思わず口元をてのひらで覆い隠し、それからしまったと眉根を寄せる。ぴたりと動きを止めたスモーカーと視線がぶつかり、細められた瞳に嫌な予感を覚えた。
 そうしてローが常とは違う反応を示した箇所を自身の先端で執拗に擦り上げるスモーカーに幾度目かの悪態を吐いたところで、冒頭の答えに行き着いた。
 間違いなく、この男はサディストの気がある。断言しても良い。居を共にして既に幾度かの季節を跨いでいるが、これには気付かなかった。今更後悔しても遅いのだけれど、不覚だったとしか言いようがない。
「…ッ、しつこい、んだよ…!」
 どろどろとした熱が腰骨の辺りにわだかまる。泣きたくなるほどに過敏なそこを擦り上げられる度に全身が震え、おかしくなりそうだった。
「うるせェ、もう少し付き合え」
 それだというのに元凶の男はほんの少しも息を乱すこともなく涼しい顔でこちらを見下ろしている。非常に面白くない。いや、それ以前にこれはどうにもよろしくない。中途半端に放置された自身はすでに痛みを覚えるほどに張り詰めていて、このまま直接触れられることなく出してしまうんじゃないかと思うとそれはちょっと納得いかないしできれば全力で遠慮しておきたい事態だ。
「は、くりょうや」
 早急に、やめさせなければならない。そうでないとろくなことにはならないと分かっているのに、おかしい。ひゅ、と喉が鳴った。
「…っい、やめ、とまれ…っ!」
「あァ?」
 悲鳴じみた声、と、跳ねる腰。身を捩って逃れようとしたところで、腰を掴む手はびくともしない。それどころか、暴れ出した身体を抑え込むように腰を抱え直され、ますます逃げ道をふさがれた。せめてもの抵抗で、腰を掴む男の手の甲に思いきり爪を立ててやった。咎めるように、殊更にそこをぐりぐりと抉られ、呼吸が止まる。
「…っ、―――ッ!!」
 一瞬、目の前が真っ白に染まり、瞼の裏でちかちかと火花が散る。日頃の不摂生の為に欠片も柔軟性のない背が限界まで撓み声すらも出せずに無防備に喉を晒して全身を震わせた。
ふ、と強張っていた身体から力が抜ける。涙にけぶった視界がひどく不明瞭で、ようやく戻ってきた呼吸はいまだ震えを残していた。
 ありえない。真剣に、まさかこんなことになるとは思っていなかった。当然知識としては頭の片隅に存在していなかった訳ではないけれど、それでもまさか、己が経験することになるなんて。
「…随分と、好さそうじゃねェか」
 呆然と見上げた先、随分と悪い顔をした男がいた。ゆるゆると首を横に振る。顔が引きつったのがよくわかった。これは無理だ。こんな暴力的な、快感なのか苦痛なのかの区別さえつかないものはもうたくさんだ。
やめろ、と、無意識に口をついて出た声はおそらく、後にも先にも類を見ないほどに弱々しいものだった。
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